安くなったのですから、衛門督《えもんのかみ》をお取り扱いになりましたごとく、私を他人らしくなく御待遇くださいますように」
 などと、恋を現わして言うのではないが、持ってほしい好意をねんごろに要求する大将であった。その直衣《のうし》姿は清楚《せいそ》で、背が高くりっぱに見えた。
「六条院様はなつかしく艶《えん》な美貌《びぼう》で、そしてお品のよい愛嬌《あいきょう》が無類なのですよ。この方は男らしくはなやかで、ああきれいだと思う第一印象がだれよりもすぐれておいでになりますよ」
 などと女房たちは言って、
「かなうことなら宮様の殿様におなりになって始終おいでくださることになればいい」
 こんなことまでも思ったに違いない。「右将軍が墓に草はじめて青し」と大将は口ずさみながらも、この詩も近ごろ逝《い》った人を悼《いた》んだ詩であることから、詩の中の右将軍の惜しまれたと同じように、世人が上下こぞって惜しんだ幾月か前の友人の死を思うのであった。帝《みかど》も音楽の遊びを催される時などには、いつの場合にも衛門督《えもんのかみ》を御追憶あそばすのであった。「ああ衛門督が」という言葉を何につけても言わない
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