くまでも美しいのを、若女房などは悲しさも少し紛れたように興奮して、帰って行こうとする大将の姿にながめ入った。前の庭の桜の美しいのをながめて、「深草の野べの桜し心あらば今年ばかりは墨染めに咲け」と口へ出てくる大将であったが、尼姿を言うようなことはここで言うべきでないと遠慮がされて、「春ごとに花の盛りはありなめど逢《あ》ひ見んことは命なりける」と歌って、
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時しあれば変はらぬ色に匂《にほ》ひけり片枝《かたえ》折れたる宿の桜も
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と自然なふうに口ずさんで、花の下に立ちどまっていると、御息所はすぐに、
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この春は柳の芽にぞ玉は貫《ぬ》く咲き散る花の行くへ知らねば
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という返しを書いてきた。高い才識の見えるほどの人ではないが、前には才女と言われた更衣《こうい》であったのを思って、評判どおりに気のきいた人であると大将は思った。
大将はそれから太政大臣家を訪問したが、子息たちの幾人かが出て、こちらへと案内をしたので、大臣の離れ座敷のほうへ行っては無遠慮でないかと躊躇《ちゅうちょ》をしながらはいっ
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