八|翁方有後《をうまさにのちあり》静思堪喜《しづかにおもふによろこびにたへたり》亦堪嗟《またなげくにたへたり》』とお歌いになった。五十八から十を引いたお年なのであるが、もう晩年になった気があそばされて白楽天のその詩の続きの『慎勿頑愚似汝爺《つつしみてぐわんぐなんぢのちちににるなかれ》』を歌いたく思召したかもしれない。あの秘密にあずかった者がここの女房の中にいるはずである。その人たちは自分を愚人として侮蔑《ぶべつ》しているのであろうとお思われになることは不快であったが、自分のことは忍んでもよいが、宮をその人たちはどう思っているかという点までを思うと、宮のためにおかわいそうであるなどと院はお思いになって、あくまでも知らぬ顔を続けておいでになるのであった。無邪気にうれしそうな声をたてる若君の目つき、口つきは知らぬ人にわからぬことであろうが、自分が見れば全くよく似ているとお思いになる院は、親たちが子供でもあればよかったと言って悲しんでいるのに、これを見せてやることもできず、秘密な所にこの子だけを形見に残して、あの思い上がった男が、自身の心から命を縮めて死んだかと衛門督が哀れにお思われになって、
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