の床の近くに侍している僧などをしばらく外のほうへ出して大将を迎えた。少年時代から隔てなく交際して来た間柄であったから、近く迫った死別の悲しみは大将にとって親兄弟の思いに劣らないのである。今日だけは昇任の悦《よろこ》びで気分もよくなっているであろうとこの人は想像していたのであるが、期待ははずれてしまった。
「どうしてこんなにまた悪くおなりになったのでしょう。今日だけはめでたいのですから少し気分でもよくなっておられるかと思って来ましたよ」
 と言って、病床に添えた几帳《きちょう》の端を上げて中を見ると、
「全然私のようでなくなってしまいましたよ」
 と言いながら、衛門督は烏帽子《えぼし》だけを身体《からだ》の下へかって、少し起き上がろうとしたが、苦しそうであった。柔らかい白の着物を幾枚も重ねて、夜着を上に掛けているのである。病床の置かれた室は清潔に整理がされてあって感じがよい。こんな場合にも規律の正しい病人の性格がうかがえるようであった。病人というものは髪や髭《ひげ》も乱れるにまかせて気味の悪い所もできてくるものであるが、この人の痩《や》せ細った姿はいよいよ品のよい気がされて、枕《まくら》
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