家として御簾《みす》に代えて伊予簾《いよす》が掛け渡され夏のに代えられたのも鈍《にび》色の几帳《きちょう》がそれに透いて見えるのが目には涼しかった。姿のよいきれいな童女などの濃い鈍色の汗袗《かざみ》の端とか、後ろ向きの頭とかが少しずつ見えるのは感じよく思われたが、何にもせよ鈍色というものは人をはっとさせる色であると思われた。今日は宮のお座敷の縁側にすわろうとしたので敷き物が内から出された。例の話し相手をする御息所《みやすどころ》に出てくれと女房たちは勧めているのであったが、このころは身体《からだ》が悪くて今日も寝ていた。御息所の出て来るまで、何かと女房が挨拶《あいさつ》をしている時に、人間の思いとは関係のないふうに快く青々とした庭の木立ちに大将はながめ入っていたが、気持ちは悲しかった。柏《かしわ》の木と楓《かえで》が若々しい色をして枝を差しかわして立っているのを指さして、大将は女房に、
「どんな因縁のある木どうしでしょう。枝が交じり合って信頼をしきっているようなのがいい」
 などと言い、さらに簾《みす》のほうへ寄って、

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「ことならばならしの枝にならさなん葉守《はもり》の神の許しありきと
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 まだ御簾《みす》の隔てをお除きくださらないのが遺憾です」
 と言った。一段高くなった室《へや》の長押《なげし》へ外から寄りかかっているのである。
「柔らかい形をしていらっしゃる時に、また別な美しさがおありになりますよ」
 と女房らはささやき合うのであった。今まで話していた少将という女房を取り次ぎにして宮はお返辞をおさせになった。

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「柏木に葉守の神は坐《いま》すとも人|馴《な》らすべき宿の梢《こずゑ》か
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 突然にそうしたお恨みをお言いかけになりますことで御好意が疑われます」
 と伝えられたお言葉に道理があると思って大将は微笑した。その時に御息所がいざって来る気配《けはい》がしたので大将は少しいずまいを直した。
「世の中のことをあまりに悲しく思い過ぐしますせいですか、身体《からだ》のぐあいが悪うございまして、ぼけたようにもなって暮らしておりますが、こうしてたびたびの御親切な御訪問に力づけられまして出てまいりました」
 と御息所は言ったが、言葉どおりに病気らしく感じられた。
「故人をお悲しみになりますことはごもっとも至極なことですが、しかしそんなにまで深くお歎《なげ》きになってはよろしくないでしょう。この世のことはみな前生からのきまっている因縁の現われですから、そう思えばさすがに際限もなく悲しみばかりの続くものでないことがわかると思いますが」
 などと大将は慰めていた。この宮は以前|噂《うわさ》に聞いていたよりも優美な女性らしいが、お気の毒にも良人《おっと》にお別れになった悲しみのほかに、世間から不幸な人におなりになったことを憐《あわ》れまれるのを苦しく思っておいでになるのであろうと思う同情の念がいつかその方を恋しく思う心に変わってゆくのをみずから認めるようになった大将は熱心に宮の御近状などを御息所に尋ねていた。御|容貌《きりょう》はそうよくはおありでならないであろうが、醜くて気の毒な気持ちのする程度でさえなければ、外見だけのことでその人がいやになるようなことがあったり、ほかの人に心を移すようなことは自分にできるはずがない、そんな恥知らずなことは自分の趣味でない、性格のよしあしで尊重すべき女と、そうでない女は別《わ》けらるべきであるなどと思っていた。
「もうお心安くなったのですから、衛門督《えもんのかみ》をお取り扱いになりましたごとく、私を他人らしくなく御待遇くださいますように」
 などと、恋を現わして言うのではないが、持ってほしい好意をねんごろに要求する大将であった。その直衣《のうし》姿は清楚《せいそ》で、背が高くりっぱに見えた。
「六条院様はなつかしく艶《えん》な美貌《びぼう》で、そしてお品のよい愛嬌《あいきょう》が無類なのですよ。この方は男らしくはなやかで、ああきれいだと思う第一印象がだれよりもすぐれておいでになりますよ」
 などと女房たちは言って、
「かなうことなら宮様の殿様におなりになって始終おいでくださることになればいい」
 こんなことまでも思ったに違いない。「右将軍が墓に草はじめて青し」と大将は口ずさみながらも、この詩も近ごろ逝《い》った人を悼《いた》んだ詩であることから、詩の中の右将軍の惜しまれたと同じように、世人が上下こぞって惜しんだ幾月か前の友人の死を思うのであった。帝《みかど》も音楽の遊びを催される時などには、いつの場合にも衛門督《えもんのかみ》を御追憶あそばすのであった。「ああ衛門督が」という言葉を何につけても言わない
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