ものと比較したらどうでしょうかしら」
 などと夫人が言っている時に、宮のお返事が来た。紅《あか》い薄様《うすよう》に包まれたお文《ふみ》が目にたつので院ははっとお思いになった。幼稚な宮の手跡は当分女王に隠しておきたい。この人に隔て心はないがさげすむ思いをさせることがあっては宮の身分に対して済まないと院はお思いになるのであるが、隠しておしまいになることも夫人の不快がることであろうからと、半分は見せてもよいというようにお拡《ひろ》げになった文《ふみ》を、女王は横目に見ながら横たわっていた。

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はかなくて上《うは》の空にぞ消えぬべき風に漂ふ春のあは雪
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 文字は実際幼稚なふうであった。十五にもおなりになればこんなものではないはずであるがと目にとまらぬことでもなかったが、見ぬふりをしてしまった。他の女性のことであれば批評的な言葉も院は口にせられたであろうが御身分に敬意をお払いになって、
「あなたは安心していてよいとお思いなさいよ」
 とだけ夫人に言っておいでになった。
 今日は昼間に宮のほうへおいでになった。特にきれいに化粧をお施しになった院のお美しさに、この日はじめて近づいた女房は興奮していた。老いた女房などの中には、なんといっても幸福な奥様はあちらのお一方だけで、宮は御不快な目にもおあいになるのであろうと、こんなことを思う者もあった。姫宮は可憐《かれん》で、たいそうなお居間の装飾などとは調和のとれぬ何でもない無邪気な少女《おとめ》で、お召し物の中にうずもれておしまいになったような小柄な姿を持っておいでになるのである。格別恥ずかしがってもおいでにならない。人見知りをせぬ子供のようであつかいやすい気を院はお覚えになった。朱雀《すざく》院は重い学問のほうは奥を究《きわ》めておいでになると言われておいでにならないが、芸術的な趣味の豊かな方としてすぐれておいでになりながら、どうして御愛子をこう凡庸に思われるまでの女にお育てになったかと院は残念な気もあそばされたのであるが、御愛情が起こらないのでもなかった。院のお言いになるままになってなよなよとおとなしい。お返辞なども習っておありになることだけは子供らしく皆言っておしまいになって、自発的には何もおできにならぬらしい。昔の自分であれば厭気《いやき》のさしてしまう相手であろうが、今日にな
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