時の苦しさと今を比較して考えてみたが、これは現在のことであるせいか、その時にもまさってやる瀬ないように思われた。好色な男はみずから求めて苦しみをするものである、もうこんなことに似合わしくない自分でないかと源氏は思って、忘れようとする心から琴を弾《ひ》いてみたが、なつかしいふうに弾いた玉鬘の爪音《つまおと》がまた思い出されてならなかった。和琴《わごん》を清掻《すがが》きに弾いて、「玉藻《たまも》はな刈りそ」と歌っているこのふうを、恋しい人に見せることができたなら、どんな心にも動揺の起こらないことはないであろうと思われた。
 帝もほのかに御覧になった玉鬘の美貌《びぼう》をお忘れにならずに、「赤裳垂《あかもた》れ引きいにし姿を」(立ちて思ひゐてもぞ思ふくれなゐの赤裳垂れ引き)という古歌は露骨に感情を言っただけのものであるが、それを終始お口ずさみになって物思いをあそばされた。お手紙がそっと何通も尚侍の手へ来た。玉鬘はもう自身の運命を悲観してしまって、こうした心の遊びも不似合いになったもののように思い、御好意に感激したようなお返事は差し上げないのであった。玉鬘は今になって源氏が清い愛で一貫してく
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