気でこんなことをする夫人であったら、だれも顧みる者はないであろうが、いつもの物怪《もののけ》が夫人を憎ませようとしていることであるから、夫人は気の毒であると女房らも見ていた。皆が大騒ぎをして大将に着がえをさせたりしたが、灰が髪などにもたくさん降りかかって、どこもかしこも灰になった気がするので、きれいな六条院へこのままで行けるわけのものではなかった。大将は爪弾《つまはじ》きがされて、妻に対する憎悪《ぞうお》の念ばかりが心につのった。先刻愛を感じていた気持ちなどは跡かたもなくなったが、現在は荒だてるのに都合のよろしくない時である。どんな悪い影響が自分の新しい幸福の上に現われてくるかもしれないと、大将は夫人に腹をたてながらも、もう夜中であったが僧などを招いて加持《かじ》をさせたりしていた。夫人が上げるあさましい叫び声などを聞いては、大将がうとむのも道理であると思われた。夜通し夫人は僧から打たれたり、引きずられたりしていたあとで、少し眠ったのを見て、大将はその間に玉鬘《たまかずら》へ手紙を書いた。
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昨夜から容体のよろしくない病人ができまして、おりから降る雪もひどく、こんな時に出て行くことはどうかと、そちらへ行くのをやむなく断念することにしましたが、外界の雪のためでもなく、私の身の内は凍ってしまうほど寂しく思われました。あなたは信じていてくださるでしょうが、そばの者が何とかいいかげんなことを忖度《そんたく》して申し上げなかったであろうかと心配です。
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という文学的でない文章であった。
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心さへそらに乱れし雪もよに一人さえつる片敷《かたしき》の袖《そで》
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堪えがたいことです。
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ともあった。白い薄様《うすよう》に重苦しい字で書かれてあった。字は能書であった。大将は学問のある人でもあった。尚侍《ないしのかみ》は大将の来ないことで何の痛痒《つうよう》も感じていないのに、一方は一所懸命な言いわけがしてあるこの手紙も、玉鬘《たまかずら》は無関心なふうに見てしまっただけであるから、返事は来なかった。大将は自宅で憂鬱《ゆううつ》な一日を暮らした。夫人はなお今日も苦しんでいたから、大将は修法《しゅほう》などを始めさせた。大将自身の心の中でも、ここしばらくは夫人に発作のないようにと祈っていた。物怪《もののけ》につかれないほんとうの妻は愛すべき性質であるのを自分は知っているから我慢ができるのであるが、そうでもなかったら捨てて惜しくない気もすることであろうと大将は思っていた。大将は日が暮れるとすぐに出かける用意にかかったのである。大将の服装などについても、夫人は行き届いた妻らしい世話の十分できない人なのである。自分の着せられるものは流行おくれの調子のそろわないものだと大将は不足を言っていたが、きれいな直衣《のうし》などがすぐまにあわないで見苦しかった。昨夜《ゆうべ》のは焼け通って焦げ臭いにおいがした。小袖《こそで》類にもその臭気は移っていたから、妻の嫉妬《しっと》にあったことを標榜《ひょうぼう》しているようで、先方の反感を買うことになるであろうと思って、一度着た衣服を脱《ぬ》いで、風呂《ふろ》を立てさせて入浴したりなどして大将は苦心した。木工《もく》の君は主人《あるじ》のために薫物《たきもの》をしながら言う、
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「一人ゐて焦《こが》るる胸の苦しきに思ひ余れる焔《ほのほ》とぞ見し
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あまりに露骨な態度をおとりになりますから、拝見する私たちまでもお気の毒になってなりません」
袖で口をおおうて言っている木工の君の目つきは大将を十分にとがめているのであったが、主人《あるじ》のほうでは、どうして自分はこんな女などと情人関係を作ったのであろうとだけ思っていた。情けない話である。
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「うきことを思ひ騒げばさまざまにくゆる煙ぞいとど立ち添ふ
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ああした醜態が噂《うわさ》になれば、あちらの人も私を悪く思うようになって、どちらつかずの不幸な私になるだろうよ」
などと歎息《たんそく》を洩《も》らしながら大将は出て行った。中一夜置いただけで美しさがまた加わったように見える玉鬘であったから、大将の愛はいっそうこの一人に集まる気がして、自邸へ帰ることができずにそのままずっと玉鬘のほうにいた。大騒ぎして修法などをしていても夫人の病気は相変わらず起こって大声を上げて人をののしるようなことのある報知を得ている大将は、妻のためにもよくない、自分のためにも不名誉なことが必ず近くにいれば起こることを予想して、怖《おそ》ろしがって近づかないのである。邸《やしき》へ帰る時
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