。宮様がお案じになって、娘の私の名誉などをたいそうにお考えになったり、御|煩悶《はんもん》をなすったりするのがお気の毒で、私は邸へ帰りたくないと思っています。六条の大臣の奥様は私のために他人ではありません。よそで育ったその人が大人《おとな》になって、養女のために姉の私の良人《おっと》を婿に取ったりするということで宮様などは恨んでいらっしゃるのですが、私はそんなことも思いませんよ。あちらでしていらっしゃることをながめているだけ」
「こんなにあなたはよく筋道の立つ話ができるのだがね。病気の起こることがあって、取り返しもつかないようなことがこれからも起こるだろうと気の毒だね。この問題に六条院の女王《にょおう》は関係していられないのだよ。今でもたいせつなお嬢様のように大臣から扱われていらっしゃる方などが、よそから来た娘のことなどに関心を持たれるわけもないのだからね。まあまったく親らしくない継母《ままはは》様だともいえるね。それだのに恨んだりしていることがお耳にはいっては済まないよ」
などと、終日夫人のそばにいて大将は語っていた。
日が暮れると大将の心はもう静めようもなく浮き立って、どうかして自邸から一刻も早く出たいとばかり願うのであったが、大降りに雪が降っていた。こんな天候の時に家を出て行くことは人目に不人情なことに映ることであろうし、妻が見さかいなしの嫉妬《しっと》でもするのでもあれば自分のほうからも十分に抗争して家を出て行く機会も作れるのであるが、おおように静かにしていられては、ただ気の毒になるばかりであると、大将は煩悶して格子《こうし》も下《お》ろさせずに、縁側へ近い所で庭をながめているのを、夫人が見て、
「あやにくな雪はだんだん深くなるようですよ。時間だってもうおそいでしょう」
と外出を促して、もう自分といることに全然良人は興味を失っているのであるから、とめてもむだであると考えているらしいのが哀れに見られた。
「こんな夜にどうして」
と大将は言ったのであるが、そのあとではまた反対な意味のことを、
「当分はこちらの心持ちを知らずに、そばにいる女房などからいろんなことを言われたりして疑ったりすることもあるだろうし、また両方で大臣がこちらの態度を監視していられもするのだから、間を置かないで行く必要がある。あなたは落ち着いて、気長に私を見ていてください。邸《やしき》へつれて来れば、それからはその人だけを偏愛するように見えることもしないで済むでしょう。今日のように病気が起こらないでいる時には、少し外へ向いているような心もなくなって、あなたばかりが好きになる」
こんなに言っていた。
「家においでになっても、お心だけは外へ行っていては私も苦しゅうございます。よそにいらっしってもこちらのことを思いやっていてさえくだされば私の氷《こお》った涙も解けるでしょう」
夫人は柔らかに言っていた。火入れを持って来させて夫人は良人《おっと》の外出の衣服に香を焚《た》きしめさせていた。夫人自身は構わない着ふるした衣服を着て、ほっそりとした弱々しい姿で、気のめいるふうにすわっているのをながめて、大将は心苦しく思った。目の泣きはらされているのだけは醜いのを、愛している良人の心にはそれも悪いとは思えないのである。長い年月の間二人だけが愛し合ってきたのであると思うと、新しい妻に傾倒してしまった自分は軽薄な男であると、大将は反省をしながらも、行って逢《あ》おうとする新しい妻を思う興奮はどうすることもできない。心にもない歎息《たんそく》をしながら、着がえをして、なお小さい火入れを袖《そで》の中へ入れて香《におい》をしめていた。ちょうどよいほどに着なれた衣服に身を装うた大将は、源氏の美貌《びぼう》の前にこそ光はないが、くっきりとした男性的な顔は、平凡な階級の男の顔ではなかった。貴族らしい風采《ふうさい》である。侍所《さむらいどころ》に集っている人たちが、
「ちょっと雪もやんだようだ。もうおそかろう」
などと言って、さすがに真正面から促すのでなく、主人《あるじ》の注意を引こうとするようなことを言う声が聞こえた。中将の君や木工《もく》などは、
「悲しいことになってしまいましたね」
などと話して、歎《なげ》きながら皆床にはいっていたが、夫人は静かにしていて、可憐なふうに身体《からだ》を横たえたかと見るうちに、起き上がって、大きな衣服のあぶり籠《かご》の下に置かれてあった火入れを手につかんで、良人の後ろに寄り、それを投げかけた。人が見とがめる間も何もないほどの瞬間のことであった。大将はこうした目にあってただあきれていた。細かな灰が目にも鼻にもはいって何もわからなくなっていた。やがて払い捨てたが、部屋じゅうにもうもうと灰が立っていたから大将は衣服も脱いでしまった。正
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