れほどまでにできるものではないと内大臣はありがたくも思いながらまた風変わりなことに出あっている気もした。夜の十時に式場へ案内されたのである。形式どおりの事のほかに、特にこの座敷における内大臣の席に華美な設けがされてあって、数々の肴《さかな》の台が出た。燈火を普通の裳着《もぎ》の式場などよりもいささか明るくしてあって、父がめぐり合って見る子の顔のわかる程度にさせてあるのであった。よく見たいと大臣は思いながらも式場でのことで、単に裳《も》の紐《ひも》を結んでやる以上のこともできないが、万感が胸に迫るふうであった。源氏が、
「今日はまだ歴史を外部に知らせないことでございますから、普通の作法におとめください」
と注意した。
「実際何とも申し上げようがありません」
杯の進められた時に、また内大臣は、
「無限の感謝を受けていただかなければなりません。しかしながらまた今日までお知らせくださいませんでした恨めしさがそれに添うのもやむをえないこととお許しください」
と言った。
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うらめしや沖つ玉藻《たまも》をかづくまで磯《いそ》隠れける海人《あま》の心よ
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こう言う大臣に悲しいふうがあった。玉鬘《たまかずら》は父のこの歌に答えることが、式場のことであったし、晴れがましくてできないのを見て、源氏は、
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「寄辺《よるべ》なみかかる渚《なぎさ》にうち寄せて海人も尋ねぬ藻屑《もくづ》とぞ見し
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御無理なお恨みです」
代わってこう言った。
「もっともです」
と内大臣は苦笑するほかはなかった。こうして裳着の式は終わったのである。親王がた以下の来賓も多かったから、求婚者たちも多く混じっているわけで、大臣が饗応《きょうおう》の席へ急に帰って来ないのはどういうわけかと疑問も起こしていた。内大臣の子息の頭《とうの》中将と弁《べん》の少将だけはもう真相を聞いていた。知らずに恋をしたことを思って、恥じもしたし、また精神的恋愛にとどまったことは幸《しあわ》せであったとも思った。
弁は、
「求婚者になろうとして、もう一歩を踏み出さなかったのだから自分はよかった」
と兄にささやいた。
「太政大臣はこんな趣味がおありになるのだろうか。中宮と同じようにお扱いになる気だろうか」
とまた一人が言ったりし
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