善悪を批判する余裕のないその場ではおもしろいことのようにも受け取られるのである。強々《こわごわ》しく非音楽的な言いようをすれば善《よ》いことも悪く思われる。乳母《めのと》の懐《ふところ》育ちのままで、何の教養も加えられてない新令嬢の真価は外観から誤られもするのである。そう頭が悪いのでもなかった。三十一字の初めと終わりの一貫してないような歌を早く作って見せるくらいの才もあるのである。
「女御さんの所へ行けとお言いになったのだから、私がしぶしぶにして気が進まないふうに見えては感情をお害しになるだろう。私は今夜のうちに出かけることにする。大臣がいらっしゃっても女御さんなどから冷淡にされてはこの家で立って行きようがないじゃないか」
 と令嬢は言っていた。自信のなさが気の毒である。手紙を先に書いた。
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葦垣《あしがき》のまぢかきほどに侍《はべ》らひながら、今まで影踏むばかりのしるしも侍らぬは、なこその関をや据《す》ゑさせ給ひつらんとなん。知らねども武蔵野《むさしの》といへばかしこけれど、あなかしこやかしこや。
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 点の多い書き方で、裏にはまた、
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