、父の家の繁栄と、低い身分の人を母として生まれた子供たちさえも皆愛されて幸福になっていることがわかった上は、もう救われる時に達したのであるかもしれないという気になった。帰る時は双方でよく宿所を尋ね合って、またわからなくなってはと互いに十分の警戒をしながら別れた。右近の自宅も六条院に近い所であったから、九州の人の宿とも遠くないことを知って、その人たちは力づけられた気がした。
 右近は旅からすぐに六条院へ出仕した。姫君の話をする機会を早く得たいと思う心から急いだのである。門をはいるとすでにすべての空気に特別な豪華な家であることが感ぜられるのが六条院である。来る車、出て行く車が無数に目につく。自分などがこの家の一人の女房として自由に出入りをすることもまばゆい気のすることであると右近に思われた。その晩は主人夫婦の前へは出ずに、部屋へ引きこもって右近はまた物思いをした。翌日は昨日自宅から上がって来た高級の女房が幾人《いくたり》もある中から、特に右近が夫人に呼び出されたのを、右近は誇らしく思った。源氏も夫人の居間にいた。
「どうして長く家へ行っていたのかね。少しこれまでとは違っているのではないか。独身者はこんな所にいる時と違って、自宅では若返ることもできるのだろう。おもしろいことがきっとあったろう」
 などと例の困らせる気の戯談《じょうだん》を源氏が言う。
「ちょうど七日お暇《いとま》をいただいていたのでございますが、おもしろいことなどはなかなかないのでございます。山へ参りましてね。お気の毒な方を発見いたしました」
「だれ」
 と源氏は尋ねた。突然その話をするのも、これまで夫人にしていない昔の話から筋を引いていることを、源氏にだけ言えば夫人があとで話をお聞きになって不快がられないかなどと右近は迷っていて、
「またくわしくお話を申し上げます」
 と言って、ほかの女房たちも来たのでそのまま言いさしにした。
 灯《ひ》などをともさせてくつろいでいる源氏夫婦は美しかった。女王《にょおう》は二十七、八になった。盛りの美があるのである。このわずかな時日のうちにも美が新しく加わったかと右近の目に見えるのであった。姫君を美しいと思って、夫人に劣っていないと見たものの思いなしか、やはり一段上の美が夫人にはあるようで幸福な人と不運な人とにはこれだけの相違があるものらしいなどと右近は思った。寝室にはいってから、脚《あし》を撫《な》でさせるために源氏は右近を呼んだ。
「若い人はいやな役だと迷惑がるからね。やはり昔|馴染《なじみ》の者は気心が双方でわかっていてどんなことでもしてもらえるよ」
 と源氏が言っているのを聞いて、若い女房たちは笑っていた。
「そうですよ。どんなことでもさせていただいて私たちは結構なんですけれど、あの御戯談《ごじょうだん》に困るだけね」
 などと言っているのであった。
「奥さんも昔馴染どうしがあまり仲よくしては機嫌《きげん》を悪くなさらない。決して寛大な方ではないから危《あぶな》いね」
 などと言って源氏は笑っていた。愛嬌《あいきょう》があって常よりもまた美しく思われた。このごろは公職が閑散なほうに変ってしまって、自宅でものんきに女房などにも戯談を言いかけて相手をためすことなどを楽しむ源氏であったから、右近のような古女《ふるおんな》にも戯れてみせるのである。
「発見したって、どんな人かね。えらい修験者《しゅげんじゃ》などと懇意になってつれて来たのか」
 と源氏は言った。
「ひどいことをおっしゃいます。あの薄命な夕顔のゆかりの方を見つけましたのでございます」
「そう、それは哀れな話だね、これまでどこにいたの」
 と源氏に尋ねられたが、ありのままには言いにくくて、
「寂しい郊外に住んでおいでになったのでございます。昔の女房も半分ほどはお付きしていましてございますから、以前の話もいたしまして悲しゅうございました」
 と右近は言っていた。
「もうわかったよ。あの事情を知っていらっしゃらない方がいられるのだからね」
 と源氏が隠すように言うと、
「私がおじゃまなの、私は眠くて何のお話だかわからないのに」
 と女王《にょおう》は袖《そで》で耳をふさいだ。
「どんな容貌《きりょう》、昔の夕顔に劣っていない」
「あんなにはおなりにならないかと存じておりましたけれど、とてもおきれいにおなりになったようでございます」
「それはいいね、だれぐらい、この人とはどう」
「どういたしまして、そんなには」
 と右近が言うと、
「得意なようで恥ずかしい。何にせよ私に似ていれば安心だよ」
 わざと親らしく源氏は言うのであった。
 その話を聞いた時から源氏はおりおり右近一人だけを呼び出して姫君の問題について語り合った。
「私はあの人を六条院へ迎えることにするよ。これまでも何か
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