価値を十分ご存じでいらっしゃるでしょうが、御自分のお口から最上の美人の数へお入れにはなりにくいのですよ。こんなこともお言いになることがあるのですよ、あなたは私と夫婦になれたりしてもったいなく思いませんかなどと戯談《じょうだん》をね。お二人のそろいもそろったお美しさを拝見しているだけで命も延びる気がするのですよ。あんな方はあるものでもありません、私がそんなに思う六条院の奥様にどこ一つ姫君は劣っていらっしゃいません。物は限りがあってすぐれた美貌と申しても円光を後ろに負っていらっしゃるわけではありませんけれど、これがほんとうに美しいお顔と申し上げていいのでございましょう」
 右近は微笑《ほほえ》んで姫君をながめていた。少弐《しょうに》の未亡人もうれしそうである。
「こんなすぐれたお生まれつきの方を、もう一歩で暗い世界へお沈めしてしまうところでしたよ。惜しくてもったいなくて、家も財産も捨てて頼《たよ》りにしてよい息子《むすこ》にも娘にも別れて、今ではかえって知らぬ他国のような心細い気のする京へ帰って来たのですよ。あなた、どうぞいい智慧《ちえ》を出してくだすって、姫君の御運を開いてあげてくださいまし。貴族のお家に仕えておいでになる方は、便宜がたくさんあるでしょう。お父様の大臣が姫君をお認めくださいますように計らってくださいまし」
 とおとど[#「おとど」に傍点]は言うのであった。姫君は恥ずかしく思って後ろを向いていた。
「それがね、私はつまらない者ですけれど、殿様がおそばで使っていてくださいますからね、昔のいろいろな話を申し上げる中で、どうなさいましたろうと私が姫君のことをよく申すものですから、殿様が、ぜひ自分の所へ引き取りたく思う。居所を聞き込んだら知らせるがいいとおっしゃるのですよ」
「源氏の大臣様はどんなにおりっぱな方でも、今のお話のようなよい奥様や、そのほかの奥様も幾人《いくたり》かいらっしゃるのでしょう。それよりもほんとうのお父様の大臣へお知らせする方法を考えてください」
 とおとど[#「おとど」に傍点]が言うのを聞いて、右近ははじめて夕顔夫人を愛して、死の床に泣いた人の源氏であったことを話した。
「どうしてもお亡《かく》れになった奥様を忘れられなく思召《おぼしめ》してね。奥様の形見だと思って姫君のお世話をしたい、自分は子供も少なくて物足りないのだから、その人が捜し出せたなら、自分の子を家へ迎えたように世間へは知らせておこうと、それはずっと以前からそうおっしゃるのですよ。私の幼稚な心弱さから、奥様のお亡《な》くなりになりましたことをあなたがたにお知らせすることができないでおりますうちに、御主人が少弐におなりになったでしょう。それはお名を聞いて知ったのですよ。お暇乞《いとまご》いに殿様の所へおいでになりましたのを、私はちらとお見かけしましたが、何をお尋ねすることもできないじまいになったのですよ。それでもまだ姫君をあの五条の夕顔の花の咲いた家へお置きになって赴任をなさるのだと思っていました。まあどうでしょう、もう一歩で九州の人になっておしまいになるところでございましたね」
 などと人々は終日昔の話をしたり、いっしょに念誦《ねんず》を行なったりしていた。御堂へ参詣する人々を下に見おろすことのできる僧坊であった。前を流れて行くのが初瀬川である。右近は、

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「二もとの杉《すぎ》のたちどを尋ねずば布留《ふる》川のべに君を見ましや
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 ここでうれしい逢瀬《おうせ》が得られたと申すものでございます」
 と姫君に言った。

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初瀬川はやくのことは知らねども今日《けふ》の逢瀬に身さへ流れぬ
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 と言って泣いている姫君はきわめて感じのよい女性であった。これだけの美貌《びぼう》が備わっていても、田舎《いなか》風のやぼな様子が添っていたなら、どんなにそれを玉の瑕《きず》だと惜しまれることであろう、よくもこれほどりっぱな貴女にお育ちになったものであると、右近は少弐未亡人に感謝したい心になった。母の夕顔夫人はただ若々しくおおような柔らかい感じの豊かな女性というにすぎなかった。これは容姿に気高《けだか》さのあるすぐれた姫君と見えるのであった。右近はこれによって九州という所がよい所であるように思われたが、また昔の朋輩《ほうばい》が皆|不恰好《ぶかっこう》な女になっているのであったから不思議でならなかった。日が暮れると御堂に行き、翌日はまた坊に帰って念誦《ねんず》に時を過ごした。秋風が渓《たに》の底から吹き上がって来て肌寒《はださむ》さの覚えられる所であったから、物寂しい人たちの心はまして悲しかった。姫君は右近の話から、人並みの運も持たないように悲観をしていた自分も
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