。私も明石《あかし》の入道になるかな」
 などと惟光は言っていたが、子供たちは皆立って行ってしまった。
 若君は雲井の雁へ手紙を送ることもできなかった。二つの恋をしているが、一つの重いほうのことばかりが心にかかって、時間がたてばたつほど恋しくなって、目の前を去らない面影の主に、もう一度逢うということもできぬかとばかり歎《なげ》かれるのである。祖母の宮のお邸《やしき》へ行くこともわけなしに悲しくてあまり出かけない。その人の住んでいた座敷、幼い時からいっしょに遊んだ部屋などを見ては、胸苦しさのつのるばかりで、家そのものも恨めしくなって、また勉強所にばかり引きこもっていた。源氏は同じ東の院の花散里《はなちるさと》夫人に、母としての若君の世話を頼んだ。
「大宮はお年がお年だから、いつどうおなりになるかしれない。お薨《かく》れになったあとのことを思うと、こうして少年時代から馴《な》らしておいて、あなたの厄介《やっかい》になるのが最もよいと思う」
 と源氏は言うのであった。すなおな性質のこの人は、源氏の言葉に絶対の服従をする習慣から、若君を愛して優しく世話をした。若君は養母の夫人の顔をほのかに見る 
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