、厳重に監督しても、そこが男の家でもある所に置いては、若いどうしは放縦なことをするに違いない。宮もしいて制しようとはあそばさないであろうからとこう思って、女御《にょご》のつれづれに託して、自家のほうへも官邸へも軽いふうを装って伴い去ろうと大臣はするのである。宮は雲井の雁へ手紙をお書きになった。
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大臣は私を恨んでいるかしりませんが、あなたは、私がどんなにあなたを愛しているかを知っているでしょう。こちらへ逢いに来てください。
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 宮のお言葉に従って、きれいに着かざった姫君が出て来た。年は十四なのである。まだ大人にはなりきってはいないが、子供らしくおとなしい美しさのある人である。
「始終あなたをそばに置いて見ることが、私のなくてならぬ慰めだったのだけれど、行ってしまっては寂しくなることでしょう。私は年寄りだから、あなたの生《お》い先が見られないだろうと、命のなくなるのを心細がったものですがね。私と別れてあなたの行く所はどこかと思うとかわいそうでならない」
 と言って宮はお泣きになるのであった。雲井の雁は祖母の宮のお歎《なげ》きの原因に自分の恋愛問題がなっているのであると思うと、羞恥《しゅうち》の感に堪えられなくて、顔も上げることができずに泣いてばかりいた。
 若君の乳母の宰相の君が出て来て、
「若様とごいっしょの御主人様だとただ今まで思っておりましたのに行っておしまいになるなどとは残念なことでございます。殿様がほかの方と御結婚をおさせになろうとあそばしましても、お従いにならぬようにあそばせ」
 などと小声で言うと、いよいよ恥ずかしく思って、雲井《くもい》の雁《かり》はものも言えないのである。
「そんな面倒《めんどう》な話はしないほうがよい。縁だけはだれも前生から決められているのだからわからない」
 と宮がお言いになる。
「でも殿様は貧弱だと思召《おぼしめ》して若様を軽蔑《けいべつ》あそばすのでございましょうから。まあお姫様見ておいであそばせ、私のほうの若様が人におくれをおとりになる方かどうか」
 口惜《くちお》しがっている乳母はこんなことも言うのである。若君は几帳《きちょう》の後ろへはいって来て恋人をながめていたが、人目を恥じることなどはもう物の切迫しない場合のことで、今はそんなことも思われずに泣いているのを、乳母はかわいそうに思って、宮へは体裁よく申し上げ、夕方の暗《くら》まぎれに二人をほかの部屋で逢わせた。きまり悪さと恥ずかしさで二人はものも言わずに泣き入った。
「伯父《おじ》様の態度が恨めしいから、恋しくても私はあなたを忘れてしまおうと思うけれど、逢わないでいてはどんなに苦しいだろうと今から心配でならない。なぜ逢えば逢うことのできたころに私はたびたび来なかったろう」
 と言う男の様子には、若々しくてそして心を打つものがある。
「私も苦しいでしょう、きっと」
「恋しいだろうとお思いになる」
 と男が言うと、雲井の雁が幼いふうにうなずく。座敷には灯《ひ》がともされて、門前からは大臣の前駆の者が大仰《おおぎょう》に立てる人払いの声が聞こえてきた。女房たちが、
「さあ、さあ」
 と騒ぎ出すと、雲井の雁は恐ろしがってふるえ出す。男はもうどうでもよいという気になって、姫君を帰そうとしないのである。姫君の乳母《めのと》が捜しに来て、はじめて二人の会合を知った。何といういまわしいことであろう、やはり宮はお知りにならなかったのではなかったかと思うと、乳母は恨めしくてならなかった。
「ほんとうにまあ悲しい。殿様が腹をおたてになって、どんなことをお言い出しになるかしれないばかしか、大納言家でもこれをお聞きになったらどうお思いになることだろう。貴公子でおありになっても、最初の殿様が浅葱《あさぎ》の袍《ほう》の六位の方とは」
 こう言う声も聞こえるのであった。すぐ二人のいる屏風《びょうぶ》の後ろに来て乳母はこぼしているのである。若君は自分の位の低いことを言って侮辱しているのであると思うと、急に人生がいやなものに思われてきて、恋も少しさめる気がした。
「そらあんなことを言っている。

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くれなゐの涙に深き袖《そで》の色を浅緑とやいひしをるべき
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 恥ずかしくてならない」
 と言うと、

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いろいろに身のうきほどの知らるるはいかに染めける中の衣ぞ
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 と雲井の雁が言ったか言わぬに、もう大臣が家の中にはいって来たので、そのまま雲井の雁は立ち上がった。取り残された見苦しさも恥ずかしくて、悲しみに胸をふさがらせながら、若君は自身の居間へはいって、そこで寝つこうとしていた。三台ほどの車に分乗して姫君の一行は邸《やしき》をそ
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