、醜いこととは思えなかった。そうした場合がなつかしかった。こんなに皆に騒がれることが至当なこととは思われないのであるが、乳母などからひどい小言《こごと》を言われたあとでは、手紙を書いて送ることもできなかった。大人はそんな中でも隙《すき》をとらえることが不可能でなかろうが、相手の若君も少年であって、ただ残念に思っているだけであった。
内大臣はそれきりお訪《たず》ねはしないのであるが宮を非常に恨めしく思っていた。夫人には雲井の雁の姫君の今度の事件についての話をしなかったが、ただ気むずかしく不機嫌《ふきげん》になっていた。
「中宮がはなやかな儀式で立后後の宮中入りをなすったこの際に、女御《にょご》が同じ御所でめいった気持ちで暮らしているかと思うと私はたまらないから、退出させて気楽に家《うち》で遊ばせてやりたい。さすがに陛下はおそばをお離しにならないようにお扱いになって、夜昼上の御局《みつぼね》へ上がっているのだから、女房たちなども緊張してばかりいなければならないのが苦しそうだから」
こう夫人に語っている大臣はにわかに女御退出のお暇を帝《みかど》へ願い出た。御|寵愛《ちょうあい》の深い人であったから、お暇を許しがたく帝《みかど》は思召《おぼしめ》したのであるが、いろいろなことを言い出して大臣が意志を貫徹しようとするので、帝はしぶしぶ許しあそばされた。自邸に帰った女御に大臣は、
「退屈でしょうから、あちらの姫君を呼んでいっしょに遊ぶことなどなさい。宮にお預けしておくことは安心なようではあるが、年の寄った女房があちらには多すぎるから、同化されて若い人の慎み深さがなくなってはと、もうそんなことも考えなければならない年ごろになっていますから」
こんなことを言って、にわかに雲井の雁を迎えることにした。大宮は力をお落としになって、
「たった一人あった女の子が亡《な》くなってから私は心細い気がして寂しがっていた所へ、あなたが姫君をつれて来てくれたので、私は一生ながめて楽しむことのできる宝のように思って世話をしていたのに、この年になってあなたに信用されなくなったかと思うと恨めしい気がします」
とお言いになると、大臣はかしこまって言った。
「遺憾《いかん》な気のしましたことは、その場でありのままに申し上げただけのことでございます。あなた様を御信用申さないようなことが、どうしてあるものでございますか。御所におります娘が、いろいろと朗らかでないふうでこの節|邸《やしき》へ帰っておりますから、退屈そうなのが哀れでございまして、いっしょに遊んで暮らせばよいと思いまして、一時的につれてまいるのでございます」
また、
「今日までの御養育の御恩は決して忘れさせません」
とも言った。こう決めたことはとどめても思い返す性質でないことを御承知の宮はただ残念に思召すばかりであった。
「人というものは、どんなに愛するものでもこちらをそれほどには思ってはくれないものだね。若い二人がそうではないか、私に隠して大事件を起こしてしまったではないか。それはそれでも大臣はりっぱなでき上がった人でいながら私を恨んで、こんなふうにして姫君をつれて行ってしまう。あちらへ行ってここにいる以上の平和な日があるものとは思われないよ」
お泣きになりながら、こう女房たちに宮は言っておいでになった。ちょうどそこへ若君が来た。少しの隙《すき》でもないかとこのごろはよく出て来るのである。内大臣の車が止まっているのを見て、心の鬼にきまり悪さを感じた若君は、そっとはいって来て自身の居間へ隠れた。内大臣の息子たちである左少将《さしょうしょう》、少納言《しょうなごん》、兵衛佐《ひょうえのすけ》、侍従《じじゅう》、大夫《だいふ》などという人らもこのお邸《やしき》へ来るが、御簾《みす》の中へはいることは許されていないのである。左衛門督《さえもんのかみ》、権中納言《ごんちゅうなごん》などという内大臣の兄弟はほかの母君から生まれた人であったが、故人の太政大臣が宮へ親子の礼を取らせていた関係から、今も敬意を表しに来て、その子供たちも出入りするのであるが、だれも源氏の若君ほど美しい顔をしたのはなかった。宮のお愛しになることも比類のない御孫であったが、そのほかには雲井の雁だけがお手もとで育てられてきて深い御愛情の注がれている御孫であったのに、突然こうして去ってしまうことになって、お寂しくなることを宮は歎《なげ》いておいでになった。大臣は、
「ちょっと御所へ参りまして、夕方に迎えに来ようと思います」
と言って出て行った。事実に潤色を加えて結婚をさせてもよいとは大臣の心にも思われたのであるが、やはり残念な気持ちが勝って、ともかくも相当な官歴ができたころ、娘への愛の深さ浅さをも見て、許すにしても形式を整えた結婚をさせたい
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