これを式部省《しきぶしょう》の試験に代えて作詞の題をその人たちはいただいた。これは源氏の長男のためにわざとお計らいになったことである。気の弱い学生などは頭もぼうとさせていて、お庭先の池に放たれた船に乗って出た水上で製作に苦しんでいた。夕方近くなって、音楽者を載せた船が池を往来して、楽音を山風に混ぜて吹き立てている時、若君はこんなに苦しい道を進まないでも自分の才分を発揮させる道はあるであろうがと恨めしく思った。「春鶯囀《しゅんおうてん》」が舞われている時、昔の桜花の宴の日のことを院の帝はお思い出しになって、
「もうあんなおもしろいことは見られないと思う」
と源氏へ仰せられたが、源氏はそのお言葉から青春時代の恋愛|三昧《ざんまい》を忍んで物哀れな気分になった。源氏は院へ杯を参らせて歌った。
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鶯《うぐひす》のさへづる春は昔にてむつれし花のかげぞ変はれる
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院は、
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九重を霞《かすみ》へだつる住処《すみか》にも春と告げくる鶯の声
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とお答えになった。太宰帥《だざいのそつ》の宮といわれた方は兵部卿《ひょうぶきょう》になっておいでになるのであるが、陛下へ杯を献じた。
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いにしへを吹き伝へたる笛竹にさへづる鳥の音《ね》さへ変はらぬ
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この歌を奏上した宮の御様子がことにりっぱであった。帝は杯をお取りになって、
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鶯の昔を恋ひて囀《さへづ》るは木《こ》づたふ花の色やあせたる
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と仰せになるのが重々しく気高《けだか》かった。この行幸は御家庭的なお催しで、儀式ばったことでなかったせいなのか、官人一同が詞歌を詠進したのではなかったのかその日の歌はこれだけより書き置かれていない。
奏楽所が遠くて、細かい楽音が聞き分けられないために、楽器が御前へ召された。兵部卿の宮が琵琶《びわ》、内大臣は和琴《わごん》、十三|絃《げん》が院の帝《みかど》の御前に差し上げられて、琴《きん》は例のように源氏の役になった。皆名手で、絶妙な合奏楽になった。歌う役を勤める殿上役人が選ばれてあって、「安名尊《あなとうと》」が最初に歌われ、次に桜人《さくらびと》が出た。月が朧《おぼ》ろに出て美しい夜の庭に、中島あ
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