た一人のお使いと同行者なのである。

[#ここから1字下げ]
「月のすむ川の遠《をち》なる里なれば桂の影はのどけかるらん
[#ここで字下げ終わり]

 うらやましいことだ」
 これが蔵人弁《くろうどのべん》であるお使いが源氏に伝えたお言葉である。源氏はかしこまって承った。清涼殿での音楽よりも、場所のおもしろさの多く加わったここの管絃楽に新来の人々は興味を覚えた。また杯が多く巡った。ここには纏頭《てんとう》にする物が備えてなかったために、源氏は大井の山荘のほうへ、
「たいそうでない纏頭の品があれば」
 と言ってやった。明石《あかし》は手もとにあった品を取りそろえて持たせて来た。衣服箱二荷であった。お使いの弁は早く帰るので、さっそく女装束が纏頭に出された。

[#ここから2字下げ]
久方の光に近き名のみして朝夕霧も晴れぬ山ざと
[#ここで字下げ終わり]

 というのが源氏の勅答の歌であった。帝の行幸を待ち奉る意があるのであろう。「中に生《お》ひたる」(久方の中におひたる里なれば光をのみぞ頼むべらなる)と源氏は古歌を口ずさんだ。源氏がまた躬恒《みつね》が「淡路にてあはとはるかに見し月の近き今
前へ 次へ
全29ページ中24ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
与謝野 晶子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング