の垂《た》れ絹を横へ引いてまたこまやかにささやいた。いよいよ出かける時に源氏が一度振り返って見ると、冷静にしていた明石も、この時は顔を出して見送っていた。源氏の美は今が盛りであると思われた。以前は痩《や》せて背丈《せたけ》が高いように見えたが、今はちょうどいいほどになっていた。これでこそ貫目のある好男子になられたというものであると女たちがながめていて、指貫《さしぬき》の裾《すそ》からも愛嬌《あいきょう》はこぼれ出るように思った。解官されて源氏について漂泊《さすら》えた蔵人《くろうど》もまた旧《もと》の地位に復《かえ》って、靫負尉《ゆぎえのじょう》になった上に今年は五位も得ていたが、この好青年官人が源氏の太刀《たち》を取りに戸口へ来た時に、御簾《みす》の中に明石のいるのを察して挨拶《あいさつ》をした。
「以前の御厚情を忘れておりませんが、失礼かと存じますし、浦風に似た気のいたしました今暁の山風にも、御挨拶を取り次いでいただく便《びん》もございませんでしたから」
「山に取り巻かれておりましては、海べの頼りない住居《すまい》と変わりもなくて、松も昔の(友ならなくに)と思って寂しがっておりまし
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