ほかにも日を決めてする法会《ほうえ》のことを僧たちに命じたりした。堂の装飾や仏具の製作などのことも御堂の人々へ指図《さしず》してから、月明の路《みち》を川沿いの山荘へ帰って来た。
 明石の別離の夜のことが源氏の胸によみがえって感傷的な気分になっている時に女はその夜の形見の琴を差し出した。弾《ひ》きたい欲求もあって源氏は琴を弾き始めた。まだ絃《いと》の音《ね》が変わっていなかった。その夜が今であるようにも思われる。

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契りしに変はらぬ琴のしらべにて絶えぬ心のほどは知りきや
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 と言うと、女が、

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変はらじと契りしことを頼みにて松の響に音《ね》を添へしかな
[#ここで字下げ終わり]

 と言う。こんなことが不つりあいに見えないのは女からいえば過分なことであった。明石時代よりも女の美に光彩が加わっていた。源氏は永久に離れがたい人になったと明石を思っている。姫君の顔からもまた目は離せなかった。日蔭《ひかげ》の子として成長していくのが、堪えられないほど源氏はかわいそうで、これを二条の院へ引き取ってできる限りにかしずいてやる
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