ると、形もないほどに荒れた大木が森のような邸《やしき》の前に来た。高い松に藤《ふじ》がかかって月の光に花のなびくのが見え、風といっしょにその香がなつかしく送られてくる。橘《たちばな》とはまた違った感じのする花の香に心が惹《ひ》かれて、車から少し顔を出すようにしてながめると、長く枝をたれた柳も、土塀《どべい》のない自由さに乱れ合っていた。見たことのある木立ちであると源氏は思ったが、以前の常陸の宮であることに気がついた。源氏は物哀れな気持ちになって車を止めさせた。例の惟光《これみつ》はこんな微行にはずれたことのない男で、ついて来ていた。
「ここは常陸の宮だったね」
「さようでございます」
「ここにいた人がまだ住んでいるかもしれない。私は訪ねてやらねばならないのだが、わざわざ出かけることもたいそうになるから、この機会に、もしその人がいれば逢ってみよう。はいって行って尋ねて来てくれ。住み主がだれであるかを聞いてから私のことを言わないと恥をかくよ」
 と源氏は言った。
 末摘花の君は物悩ましい初夏の日に、その昼間うたた寝をした時の夢に父宮を見て、さめてからも名残《なごり》の思いにとらわれて、悲し
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