がいだった」
 と夫人は歎息《たんそく》していた。
「うるさい、これきりにあそばされないことも残っているのだから、お考えがあるに違いない。湯でも飲んでまあ落ち着きなさい。ああ苦しいことが起こってきた」
 入道はこう妻と娘に言ったままで、室の片隅《かたすみ》に寄っていた。妻と乳母《めのと》とが口々に入道を批難した。
「お嬢様を御幸福な方にしてお見上げしたいと、どんなに長い間祈って来たことでしょう。いよいよそれが実現されますことかと存じておりましたのに、お気の毒な御経験をあそばすことになったのでございますね。最初の御結婚で」
 こう言って歎《なげ》く人たちもかわいそうに思われて、そんなこと、こんなことで入道の心は前よりずっとぼけていった。昼は終日寝ているかと思うと、夜は起き出して行く。
「数珠《じゅず》の置き所も知れなくしてしまった」
 と両手を擦《す》り合わせて絶望的な歎息《たんそく》をしているのであった。弟子《でし》たちに批難されては月夜に出て御堂《みどう》の行道《ぎょうどう》をするが池に落ちてしまう。風流に作った庭の岩角《いわかど》に腰をおろしそこねて怪我《けが》をした時には、その痛
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