とも言えると、こんなふうに源氏は思った。源氏のような音楽の天才である人が、はじめて味わう妙味であると思うような手もあった。飽満するまでには聞かせずにやめてしまったのであるが、源氏はなぜ今日までにしいても弾かせなかったかと残念でならない。熱情をこめた言葉で源氏はいろいろに将来を誓った。
「この琴はまた二人で合わせて弾く日まで形見にあげておきましょう」
 と源氏が琴のことを言うと、女は、

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なほざりに頼めおくめる一ことをつきせぬ音《ね》にやかけてしのばん
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 言うともなくこう言うのを、源氏は恨んで、

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逢《あ》ふまでのかたみに契る中の緒《を》のしらべはことに変はらざらなん
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 と言ったが、なおこの琴の調子が狂わない間に必ず逢おうとも言いなだめていた。信頼はしていても目の前の別れがただただ女には悲しいのである。もっともなことと言わねばならない。
 もう出立の朝になって、しかも迎えの人たちもおおぜい来ている騒ぎの中に、時間と人目を盗んで源氏は女へ書き送った。

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うち捨てて
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