ばさないままで月日がたち、帝と太后の御病気は依然としておよろしくないのであった。
 明石ではまた秋の浦風の烈《はげ》しく吹く季節になって、源氏もしみじみ独棲《ひとりず》みの寂しさを感じるようであった。入道へ娘のことをおりおり言い出す源氏であった。
「目だたぬようにしてこちらの邸《やしき》へよこさせてはどうですか」
 こんなふうに言っていて、自分から娘の住居《すまい》へ通って行くことなどはあるまじいことのように思っていた。女にはまたそうしたことのできない自尊心があった。田舎《いなか》の並み並みの家の娘は、仮に来て住んでいる京の人が誘惑すれば、そのまま軽率に情人にもなってしまうのであるが、自身の人格が尊重されてかかったことではないのであるから、そのあとで一生物思いをする女になるようなことはいやである。不つりあいの結婚をありがたいことのように思って、成り立たせようと心配している親たちも、自分が娘でいる間はいろいろな空想も作れていいわけなのであるが、そうなった時から親たちは別なつらい苦しみをするに違いない。源氏が明石に滞留している間だけ、自分は手紙を書きかわす女として許されるということがほんと
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