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寄る波にたち重ねたる旅衣しほどけしとや人のいとはん
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 と書かれてあるのを見つけて、立ちぎわではあったが源氏は返事を書いた。

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かたみにぞかふべかりける逢ふことの日数へだてん中の衣を
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 というのである。
「せっかくよこしたのだから」
 と言いながらそれに着かえた。今まで着ていた衣服は女の所へやった。思い出させる恋の技巧というものである。自身のにおいの沁《し》んだ着物がどれだけ有効な物であるかを源氏はよく知っていた。
「もう捨てました世の中ですが、今日のお送りのできませんことだけは残念です」
 などと言っている入道が、両手で涙を隠しているのがかわいそうであると源氏は思ったが、他の若い人たちの目にはおかしかったに違いない。

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「世をうみにここらしほじむ身となりてなほこの岸をえこそ離れね
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 子供への申しわけにせめて国境まではお供をさせていただきます」
 と入道は言ってから、
「出すぎた申し分でございますが、思い出しておやりくださいます時がございましたら御音信をいただかせてくださいませ」
 などと頼んだ。悲しそうで目のあたりの赤くなっている源氏の顔が美しかった。
「私には当然の義務であることもあるのですから、決して不人情な者でないとすぐにまたよく思っていただくような日もあるでしょう。私はただこの家と離れることが名残《なごり》惜しくてならない、どうすればいいことなんだか」
 と言って、

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都|出《い》でし春の歎《なげ》きに劣らめや年ふる浦を別れぬる秋
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 と涙を袖《そで》で源氏は拭《ぬぐ》っていた。これを見ると入道は気も遠くなったように萎《しお》れてしまった。それきり起居《たちい》もよろよろとするふうである。明石の君の心は悲しみに満たされていた。外へは現わすまいとするのであるが、自身の薄倖《はっこう》であることが悲しみの根本になっていて、捨てて行く恨めしい源氏がまた恋しい面影になって見えるせつなさは、泣いて僅かに洩《も》らすほかはどうしようもない。母の夫人もなだめかねていた。
「どうしてこんなに苦労の多い結婚をさせたろう。固意地《かたいじ》な方の言いなりに私までもがついて行ったのがまち
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