いので、源氏は何度もこの歌を繰り返して唱えていた。まだ暗い間に手水《ちょうず》を済ませて念誦《ねんず》をしていることが侍臣たちに新鮮な印象を与えた。この源氏から離れて行く気が起こらないで、仮に京の家へ出かけようとする者もない。
明石《あかし》の浦は這《は》ってでも行けるほどの近さであったから、良清朝臣《よしきよあそん》は明石の入道の娘を思い出して手紙を書いて送ったりしたが返書は来なかった。父親の入道から相談したいことがあるからちょっと逢いに来てほしいと言って来た。求婚に応じてくれないことのわかった家を訪問して、失望した顔でそこを出て来る恰好《かっこう》は馬鹿《ばか》に見えるだろうと、良清は悪いほうへ解釈して行こうとしない。すばらしく自尊心は強くても、現在の国の長官の一族以外にはだれにも尊敬を払わない地方人の心理を知らない入道は、娘への求婚者を皆門外に追い払う態度を取り続けていたが、源氏が須磨に隠栖《いんせい》をしていることを聞いて妻に言った。
「桐壺《きりつぼ》の更衣《こうい》のお生みした光源氏の君が勅勘で須磨に来ていられるのだ。私の娘の運命についてある暗示を受けているのだから、どう
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