たく寂しいものは謫居《たっきょ》の秋であった。居間に近く宿直《とのい》している少数の者も皆眠っていて、一人の源氏だけがさめて一つ家の四方の風の音を聞いていると、すぐ近くにまで波が押し寄せて来るように思われた。落ちるともない涙にいつか枕《まくら》は流されるほどになっている。琴《きん》を少しばかり弾《ひ》いてみたが、自身ながらもすごく聞こえるので、弾きさして、

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恋ひわびて泣く音《ね》に紛《まが》ふ浦波は思ふ方より風や吹くらん
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 と歌っていた。惟光《これみつ》たちは悽惨《せいさん》なこの歌声に目をさましてから、いつか起き上がって訳もなくすすり泣きの声を立てていた。その人たちの心を源氏が思いやるのも悲しかった。自分一人のために、親兄弟も愛人もあって離れがたい故郷に別れて漂泊の人に彼らはなっているのであると思うと、自分の深い物思いに落ちたりしていることは、その上彼らを心細がらせることであろうと源氏は思って、昼間は皆といっしょに戯談《じょうだん》を言って旅愁を紛らそうとしたり、いろいろの紙を継がせて手習いをしたり、珍しい支那《しな》の綾《あや》
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