懐中紙《ふところがみ》にむだ書きのしてあるものが几帳《きちょう》の前に散らかっているのも目にとまった。なんという恐ろしいことが起こっているのだろうと大臣は驚いた。
「それはだれが書いたものですか、変なものじゃないか。ください。だれの字であるかを私は調べる」
 と言われて振り返った尚侍は自身もそれを見つけた。もう紛らわす術《すべ》はないのである。返事のできることでもないのである。
 尚侍が失心したようになっているのであるから、大臣ほどの貴人であれば、娘が恥に堪えぬ気がするであろうという上品な遠慮がなければならないのであるが、そんな思いやりもなく、気短な、落ち着きのない大臣は、自身で紙を手で拾った時に几帳の隙《すき》から、なよなよとした姿で、罪を犯している者らしく隠れようともせず、のんびりと横になっている男も見た。大臣に見られてはじめて顔を夜着の中に隠して紛らわすようにした。大臣は驚愕《きょうがく》した。無礼《ぶれい》だと思った。くやしくてならないが、さすがにその場で面と向かって怒りを投げつけることはできなかったのである。目もくらむような気がして歌の書かれた紙を持って寝殿へ行ってしまった。
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