た。宮は上着を源氏の手にとめて、御自身は外のほうへお退《の》きになろうとしたが、宮のお髪《ぐし》はお召し物とともに男の手がおさえていた。宮は悲しくてお自身の薄倖《はっこう》であることをお思いになるのであったが、非常にいたわしい御様子に見えた。源氏も今日の高い地位などは皆忘れて、魂も顛倒《てんとう》させたふうに泣き泣き恨みを言うのであるが、宮は心の底からおくやしそうでお返辞もあそばさない。ただ、
「私はからだが今非常によくないのですから、こんな時でない機会がありましたら詳しくお話をしようと思います」
とお言いになっただけであるのに、源氏のほうでは苦しい思いを告げるのに千言万語を費やしていた。さすがに身に沁《し》んでお思われになることも混じっていたに違いない。以前になかったことではないが、またも罪を重ねることは堪えがたいことであると思召《おぼしめ》す宮は、柔らかい、なつかしいふうは失わずに、しかも迫る源氏を強く避けておいでになる。ただこんなふうで今夜も明けていく。この上で力で勝つことはなすに忍びない清い気高《けだか》さの備わった方であったから、源氏は、
「私はこれだけで満足します。せめて
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