あった経験がないと言って困っていた。さすがに法力におさえられて、哀れに泣いている。
「少しゆるめてくださいな、大将さんにお話しすることがあります」
 そう夫人の口から言うのである。
「あんなこと。わけがありますよ。私たちの想像が当たりますよ」
 女房はこんなことも言って、病床に添え立てた几帳《きちょう》の前へ源氏を導いた。父母たちは頼み少なくなった娘は、良人《おっと》に何か言い置くことがあるのかもしれないと思って座を避けた。この時に加持をする僧が声を低くして法華経《ほけきょう》を読み出したのが非常にありがたい気のすることであった。几帳の垂《た》れ絹《ぎぬ》を引き上げて源氏が中を見ると、夫人は美しい顔をして、そして腹部だけが盛り上がった形で寝ていた。他人でも涙なしには見られないのを、まして良人である源氏が見て惜しく悲しく思うのは道理である。白い着物を着ていて、顔色は病熱ではなやかになっている。たくさんな長い髪は中ほどで束ねられて、枕《まくら》に添えてある。美女がこんなふうでいることは最も魅惑的なものであると見えた。源氏は妻の手を取って、
「悲しいじゃありませんか。私にこんな苦しい思いをお
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