、その人への愛を今自分は根柢《こんてい》から捨てねばならぬと御息所は考えた。努めてそうしようとしても実現性のないむずかしいことに違いない。
 斎宮は去年にもう御所の中へお移りになるはずであったが、いろいろな障《さわ》りがあって、この秋いよいよ潔斎生活の第一歩をお踏み出しになることとなった。そしてもう九月からは嵯峨《さが》の野の宮へおはいりになるのである。それとこれと二度ある御禊の日の仕度《したく》に邸《やしき》の人々は忙殺されているのであるが御息所は頭をぼんやりとさせて、寝て暮らすことが多かった。邸の男女はまたこのことを心配して祈祷を頼んだりしていた。何病というほどのことはなくて、ぶらぶらと病んでいるのである。源氏からも始終見舞いの手紙は来るが、愛する妻の容体の悪さは、自分でこの人を訪ねて来ることなどをできなくしているようであった。
 まだ産期には早いように思って一家の人々が油断しているうちに葵の君はにわかに生みの苦しみにもだえ始めた。病気の祈祷のほかに安産の祈りも数多く始められたが、例の執念深い一つの物怪《もののけ》だけはどうしても夫人から離れない。名高い僧たちもこれほどの物怪には出
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