作っているのである。

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吹き迷ふ深山《みやま》おろしに夢さめて涙催す滝の音かな
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 これは源氏の作。

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「さしぐみに袖|濡《ぬ》らしける山水にすめる心は騒ぎやはする
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 もう馴《な》れ切ったものですよ」
 と僧都は答えた。
 夜明けの空は十二分に霞んで、山の鳥声がどこで啼《な》くとなしに多く聞こえてきた。都人《みやこびと》には名のわかりにくい木や草の花が多く咲き多く地に散っていた。こんな深山の錦《にしき》の上へ鹿《しか》が出て来たりするのも珍しいながめで、源氏は病苦からまったく解放されたのである。聖人は動くことも容易でない老体であったが、源氏のために僧都の坊へ来て護身の法を行なったりしていた。嗄々《かれがれ》な所々が消えるような声で経を読んでいるのが身にしみもし、尊くも思われた。経は陀羅尼《だらに》である。
 京から源氏の迎えの一行が山へ着いて、病気の全快された喜びが述べられ、御所のお使いも来た。僧都は珍客のためによい菓子を種々《くさぐさ》作らせ、渓間《たにま》へまでも珍しい料理の材料を
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