もなく僧都が訪問して来た。尊敬される人格者で、僧ではあるが貴族出のこの人に軽い旅装で逢うことを源氏はきまり悪く思った。二年越しの山籠《やまごも》りの生活を僧都は語ってから、
「僧の家というものはどうせ皆寂しい貧弱なものですが、ここよりは少しきれいな水の流れなども庭にはできておりますから、お目にかけたいと思うのです」
僧都は源氏の来宿を乞《こ》うてやまなかった。源氏を知らないあの女の人たちにたいそうな顔の吹聴《ふいちょう》などをされていたことを思うと、しりごみもされるのであるが、心を惹《ひ》いた少女のことも詳しく知りたいと思って源氏は僧都の坊へ移って行った。主人の言葉どおりに庭の作り一つをいってもここは優美な山荘であった、月はないころであったから、流れのほとりに篝《かがり》を焚《た》かせ、燈籠《とうろう》を吊《つ》らせなどしてある。南向きの室を美しく装飾して源氏の寝室ができていた。奥の座敷から洩《も》れてくる薫香《くんこう》のにおいと仏前に焚かれる名香の香が入り混じって漂っている山荘に、新しく源氏の追い風が加わったこの夜を女たちも晴れがましく思った。
僧都は人世の無常さと来世の頼もし
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