いいし、女王は何人も若い子がいるからいっしょに遊んでいれば非常にいいと思う」
 などとお言いになった。そばへお呼びになった小女王の着物には源氏の衣服の匂《にお》いが深く沁《し》んでいた。
「いい匂いだね。けれど着物は古くなっているね」
 心苦しく思召《おぼしめ》す様子だった。
「今までからも病身な年寄りとばかりいっしょにいるから、時々は邸のほうへよこして、母と子の情合いのできるようにするほうがよいと私は言ったのだけれど、絶対的にお祖母《ばあ》さんはそれをおさせにならなかったから、邸のほうでも反感を起こしていた。そしてついにその人が亡《な》くなったからといってつれて行くのは済まないような気もする」
 と宮がお言いになる。
「そんなに早くあそばす必要はございませんでしょう。お心細くても当分はこうしていらっしゃいますほうがよろしゅうございましょう。少し物の理解がおできになるお年ごろになりましてからおつれなさいますほうがよろしいかと存じます」
 少納言はこう答えていた。
「夜も昼もお祖母《ばあ》様が恋しくて泣いてばかりいらっしゃいまして、召し上がり物なども少のうございます」
 とも歎《なげ》いていた。実際姫君は痩《や》せてしまったが、上品な美しさがかえって添ったかのように見える。
「なぜそんなにお祖母様のことばかりをあなたはお思いになるの、亡《な》くなった人はしかたがないんですよ。お父様がおればいいのだよ」
 と宮は言っておいでになった。日が暮れるとお帰りになるのを見て、心細がって姫君が泣くと、宮もお泣きになって、
「なんでもそんなに悲しがってはしかたがない。今日明日にでもお父様の所へ来られるようにしよう」
 などと、いろいろになだめて宮はお帰りになった。母も祖母も失った女の将来の心細さなどを女王は思うのでなく、ただ小さい時から片時の間も離れず付き添っていた祖母が死んだと思うことだけが非常に悲しいのである。子供ながらも悲しみが胸をふさいでいる気がして遊び相手はいても遊ぼうとしなかった。それでも昼間は何かと紛れているのであったが、夕方ごろからめいりこんでしまう。こんなことで小さいおからだがどうなるかと思って、乳母も毎日泣いていた。その日源氏の所からは惟光《これみつ》をよこした。
[#ここから1字下げ]
伺うはずですが宮中からお召しがあるので失礼します。おかわいそうに拝見した女王さんのことが気になってなりません。
[#ここで字下げ終わり]
 源氏からの挨拶《あいさつ》はこれで惟光が代わりの宿直《とのい》をするわけである。
「困ってしまう。将来だれかと御結婚をなさらなければならない女王様を、これではもう源氏の君が奥様になすったような形をお取りになるのですもの。宮様がお聞きになったら私たちの責任だと言っておしかりになるでしょう」
「ねえ女王様、お気をおつけになって、源氏の君のことは宮様がいらっしゃいました時にうっかり言っておしまいにならないようになさいませね」
 と少納言が言っても、小女王は、それが何のためにそうしなければならないかがわからないのである。少納言は惟光の所へ来て、身にしむ話をした。
「将来あるいはそうおなりあそばす運命かもしれませんが、ただ今のところはどうしてもこれは不つりあいなお間柄だと私らは存じますのに、御熱心に御縁組のことをおっしゃるのですもの、御酔興か何かと私どもは思うばかりでございます。今日も宮様がおいでになりまして、女の子だからよく気をつけてお守りをせい、うっかり油断をしていてはいけないなどとおっしゃいました時は、私ども何だか平気でいられなく思われました。昨晩のことなんか思い出すものですから」
 などと言いながらも、あまりに歎《なげ》いて見せては姫君の処女であることをこの人に疑わせることになると用心もしていた。惟光もどんな関係なのかわからない気がした。帰って惟光が報告した話から、源氏はいろいろとその家のことが哀れに思いやられてならないのであったが、形式的には良人《おっと》らしく一泊したあとであるから、続いて通って行かねばならぬが、それはさすがに躊躇《ちゅうちょ》された。酔興な結婚をしたように世間が批評しそうな点もあるので、心がおけて行けないのである。二条の院へ迎えるのが良策であると源氏は思った。手紙は始終送った。日が暮れると惟光を見舞いに出した。
[#ここから1字下げ]
やむをえぬ用事があって出かけられないのを、私の不誠実さからだとお思いにならぬかと不安です。
[#ここで字下げ終わり]
 などという手紙が書かれてくる。
「宮様のほうから、にわかに明日迎えに行くと言っておよこしになりましたので、取り込んでおります。長い馴染《なじみ》の古いお邸《やしき》を離れますのも心細い気のすることと私どもめいめい申し合っております」
前へ 次へ
全17ページ中14ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
与謝野 晶子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング