た。
「来ていらっしゃるのです」
 と言うと、
「女王様はやすんでいらっしゃいます。どちらから、どうしてこんなにお早く」
 と少納言が言う。源氏が人の所へ通って行った帰途だと解釈しているのである。
「宮様のほうへいらっしゃるそうですから、その前にちょっと一言お話をしておきたいと思って」
 と源氏が言った。
「どんなことでございましょう。まあどんなに確かなお返辞がおできになりますことやら」
 少納言は笑っていた。源氏が室内へはいって行こうとするので、この人は当惑したらしい。
「不行儀に女房たちがやすんでおりまして」
「まだ女王さんはお目ざめになっていないのでしょうね。私がお起こししましょう。もう朝霧がいっぱい降る時刻だのに、寝ているというのは」
 と言いながら寝室へはいる源氏を少納言は止めることもできなかった。源氏は無心によく眠っていた姫君を抱き上げて目をさまさせた。女王は父宮がお迎えにおいでになったのだと、まだまったくさめない心では思っていた。髪を撫《な》でて直したりして、
「さあ、いらっしゃい。宮様のお使いになって私が来たのですよ」
 と言う声を聞いた時に姫君は驚いて、恐ろしく思うふうに見えた。
「いやですね。私だって宮様だって同じ人ですよ。鬼などであるものですか」
 源氏の君が姫君をかかえて出て来た。少納言と、惟光《これみつ》と、外の女房とが、
「あ、どうなさいます」
 と同時に言った。
「ここへは始終来られないから、気楽な所へお移ししようと言ったのだけれど、それには同意をなさらないで、ほかへお移りになることになったから、そちらへおいでになってはいろいろ面倒《めんどう》だから、それでなのだ。だれか一人ついておいでなさい」
 こう源氏の言うのを聞いて少納言はあわててしまった。
「今日では非常に困るかと思います。宮様がお迎えにおいでになりました節、何とも申し上げようがないではございませんか。ある時間がたちましてから、ごいっしょにおなりになる御縁があるものでございましたら自然にそうなることでございましょう。まだあまりに御幼少でいらっしゃいますから。ただ今そんなことは皆の者の責任になることでございますから」
 と言うと、
「じゃいい。今すぐについて来られないのなら、人はあとで来るがよい」
 こんなふうに言って源氏は車を前へ寄せさせた。姫君も怪しくなって泣き出した。少納言
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