《なでしこ》にたとえたという子供の近ごろの様子などを知らせてやりたく思ったが、恋人を死なせた恨みを聞くのがつらくて打ちいでにくかった。
 あの五条の家では女主人の行くえが知れないのを捜す方法もなかった。右近《うこん》までもそれきり便《たよ》りをして来ないことを不思議に思いながら絶えず心配をしていた。確かなことではないが通って来る人は源氏の君ではないかといわれていたことから、惟光になんらかの消息を得ようともしたが、まったく知らぬふうで、続いて今も女房の所へ恋の手紙が送られるのであったから、人々は絶望を感じて、主人を奪われたことを夢のようにばかり思った。あるいは地方官の息子《むすこ》などの好色男が、頭中将を恐れて、身の上を隠したままで父の任地へでも伴って行ってしまったのではないかとついにはこんな想像をするようになった。この家の持ち主は西の京の乳母《めのと》の娘だった。乳母の娘は三人で、右近だけが他人であったから便りを聞かせる親切がないのだと恨んで、そして皆夫人を恋しがった。右近のほうでは夫人を頓死《とんし》させた責任者のように言われるのをつらくも思っていたし、源氏も今になって故人の情人が自分であった秘密を人に知らせたくないと思うふうであったから、そんなことで小さいお嬢さんの消息も聞けないままになって不本意な月日が両方の間にたっていった。
 源氏はせめて夢にでも夕顔を見たいと、長く願っていたが比叡《ひえい》で法事をした次の晩、ほのかではあったが、やはりその人のいた場所は某《それがし》の院で、源氏が枕《まくら》もとにすわった姿を見た女もそこに添った夢を見た。このことで、荒廃した家などに住む妖怪《あやかし》が、美しい源氏に恋をしたがために、愛人を取り殺したのであると不思議が解決されたのである。源氏は自身もずいぶん危険だったことを知って恐ろしかった。
 伊予介《いよのすけ》が十月の初めに四国へ立つことになった。細君をつれて行くことになっていたから、普通の場合よりも多くの餞別《せんべつ》品が源氏から贈られた。またそのほかにも秘密な贈り物があった。ついでに空蝉《うつせみ》の脱殻《ぬけがら》と言った夏の薄衣《うすもの》も返してやった。

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逢《あ》ふまでの形見ばかりと見しほどにひたすら袖《そで》の朽ちにけるかな
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 細々《こまごま》しい
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