し、また何か悲しいことがあるようにあんなふうにして話していらっしゃる」
腑《ふ》に落ちぬらしく言っていた。
「葬儀はあまり簡単な見苦しいものにしないほうがよい」
と源氏が惟光《これみつ》に言った。
「そうでもございません。これは大層《たいそう》にいたしてよいことではございません」
と否定してから、惟光が立って行こうとするのを見ると、急にまた源氏は悲しくなった。
「よくないことだとおまえは思うだろうが、私はもう一度|遺骸《いがい》を見たいのだ。それをしないではいつまでも憂鬱《ゆううつ》が続くように思われるから、馬ででも行こうと思うが」
主人の望みを、とんでもない軽率なことであると思いながらも惟光は止めることができなかった。
「そんなに思召《おぼしめ》すのならしかたがございません。では早くいらっしゃいまして、夜の更《ふ》けぬうちにお帰りなさいませ」
と惟光は言った。五条通いの変装のために作らせた狩衣《かりぎぬ》に着更《きが》えなどして源氏は出かけたのである。病苦が朝よりも加わったこともわかっていて源氏は、軽はずみにそうした所へ出かけて、そこでまたどんな危険が命をおびやかすかもしれない、やめたほうがいいのではないかとも思ったが、やはり死んだ夕顔に引かれる心が強くて、この世での顔を遺骸で見ておかなければ今後の世界でそれは見られないのであるという思いが心細さをおさえて、例の惟光と随身を従えて出た。非常に路《みち》のはかがゆかぬ気がした。十七日の月が出てきて、加茂川の河原を通るころ、前駆の者の持つ松明《たいまつ》の淡い明りに鳥辺野《とりべの》のほうが見えるというこんな不気味な景色《けしき》にも源氏の恐怖心はもう麻痺《まひ》してしまっていた。ただ悲しみに胸が掻《か》き乱されたふうで目的地に着いた。凄《すご》い気のする所である。そんな所に住居《すまい》の板屋があって、横に御堂《みどう》が続いているのである。仏前の燈明の影がほのかに戸からすいて見えた。部屋《へや》の中には一人の女の泣き声がして、その室の外と思われる所では、僧の二、三人が話しながら声を多く立てぬ念仏をしていた。近くにある東山の寺々の初夜の勤行《ごんぎょう》も終わったころで静かだった。清水《きよみず》の方角にだけ灯《ひ》がたくさんに見えて多くの参詣《さんけい》人の気配《けはい》も聞かれるのである。主人の尼の息子
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