ぞ泣かれける
[#ここで字下げ終わり]

 と言った。ずんずん明るくなってゆく。女は襖子《からかみ》の所へまで送って行った。奥のほうの人も、こちらの縁のほうの人も起き出して来たんでざわついた。襖子をしめてもとの席へ帰って行く源氏は、一重の襖子が越えがたい隔ての関のように思われた。
 直衣《のうし》などを着て、姿を整えた源氏が縁側の高欄《こうらん》によりかかっているのが、隣室の縁低い衝立《ついたて》の上のほうから見えるのをのぞいて、源氏の美の放つ光が身の中へしみ通るように思っている女房もあった。残月のあるころで落ち着いた空の明かりが物をさわやかに照らしていた。変わったおもしろい夏の曙《あけぼの》である。だれも知らぬ物思いを、心に抱いた源氏であるから、主観的にひどく身にしむ夜明けの風景だと思った。言《こと》づて一つする便宜がないではないかと思って顧みがちに去った。
 家へ帰ってからも源氏はすぐに眠ることができなかった。再会の至難である悲しみだけを自分はしているが、自由な男でない人妻のあの人はこのほかにもいろいろな煩悶《はんもん》があるはずであると思いやっていた。すぐれた女ではないが、感じの
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