右大臣の娘の弘徽殿《こきでん》の女御《にょご》などは今さえも嫉妬を捨てなかった。帝は一の皇子を御覧になっても更衣の忘れがたみの皇子の恋しさばかりをお覚えになって、親しい女官や、御自身のお乳母《めのと》などをその家へおつかわしになって若宮の様子を報告させておいでになった。
 野分《のわき》ふうに風が出て肌寒《はださむ》の覚えられる日の夕方に、平生よりもいっそう故人がお思われになって、靫負《ゆげい》の命婦《みょうぶ》という人を使いとしてお出しになった。夕月夜の美しい時刻に命婦を出かけさせて、そのまま深い物思いをしておいでになった。以前にこうした月夜は音楽の遊びが行なわれて、更衣はその一人に加わってすぐれた音楽者の素質を見せた。またそんな夜に詠《よ》む歌なども平凡ではなかった。彼女の幻は帝のお目に立ち添って少しも消えない。しかしながらどんなに濃い幻でも瞬間の現実の価値はないのである。
 命婦は故|大納言《だいなごん》家に着いて車が門から中へ引き入れられた刹那《せつな》からもう言いようのない寂しさが味わわれた。未亡人の家であるが、一人娘のために住居《すまい》の外見などにもみすぼらしさがないよう
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