きごゑ》がする。
『お湯が沸きましたよ。滿。』
 お照が甥を起《おこ》しに来た。
『あら、叔母さんがもう起きていらしやる。』
 鏡子が枕から頭《つむり》を上げようとするのを、お照は押《おさ》へるやうな手附をして、
『まあ、お休みなさいよ。』
 と云つた。滿と健はばたばたと床《とこ》を抜けて行つた。
『どうせ寝られないのだから。』
 都鳥《みやこどり》の居る紺青《こんじやう》の浪が大きく動いて鏡子は床《とこ》の上に起き上つた。
『昨晩はよくお休みなさいましたか。』
『ちつとも。』
 寝くたれ髪が長く垂れて少女《をとめ》のやうな後姿《うしろすがた》であつた。
『兄《にい》さんが余計お湯を使つちやつた。』
 健の泣き出したのを聞いてお照は洗面|場《ば》の方へ行つた。榮子はまた声を張り上げて泣いた。
 鏡子は鏡の室《ま》から出て来て、
『お照さん、こんな結ひ様《やう》もあるのよ。』
 と云つて、頭《あたま》を其《その》方へ傾けて見せた。髪の根を下の方で束《たば》ねて、そしてその根も末の方も皆裏へ折り返して畳んでしまつてあるのである。
『さつぱりとして軽さうですね。』
『けれど尼様《あまさま》の
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