めた事をあんなに良人《をつと》から善《よろこ》ばれた煙草《たばこ》だからと、さう思ふのであるが水色の煙が鼻の前に靡《なび》くのを見ると堪《た》へ難くなつて座を立つた。
 昼飯《ひるはん》の時も榮子は目を閉《ふた》いで食べた。お照が叱ると、
『末とあべる。』
 と云ふ。
『母《かあ》さんが厭《いや》なの、他所《よそ》へ行つちまつたら好《い》いと思ふの。』
 鏡子が笑声《わらひごゑ》で云つた時、榮子は初めて目を開《あ》いて母を見て点頭《うなづ》いた。
『榮子は厭《いや》な人ね。母《かあ》さんは今日《けふ》鞄を開けたらもう一つ人形があるのだけれど、榮子はいらないこと。』
『欲しくないや。いらないや。』
 榮子は叔母の方を向いて低い声で云つた。
 一時頃に英也は出て行つた。鏡子はコロンボ以来の消息を良人《をつと》に書かうとして居た。畑尾が来た。畑尾は昨日《きのふ》彼方此方《あちらこちら》で聞いた鏡子の噂などを語るのであつたが、鏡子は此人が今に大阪|訛《なまり》を忘れ得ないで居るのが、一層この人をなつかし味《み》のある人にするのであるやうに、お照は京言葉を使へば好《い》いではないか、女中困らしの彼方《あちら》の固有名詞は最も多く使つて居るのになどと思つて居た。お照が榮子を抱いて来た。
『甘《あま》うますわねえ。』
『ええ。』
 と云つて、お照はまた、
『此人は一番|姉《ねえ》さんのお気質によく似て居るのでせうよ。何力《どちら》も強い者同志でびんと撥ねてるのですよ。』
 と云つた。
『あら、あんな事、私がそんなに強い人なものですか。ねえ畑尾さん。一人行つて一人帰るのがさう云つた人に見えるか知らないけれど、違ひますねえ、畑尾さん。まるでねえ、畑尾さん。』
 訴へるやうに畑尾を見て云つた。畑尾は口を半《なかば》開《あ》けて、頬《ほゝ》をむごむごさせて限りもなく気の毒に思ふと云ふ表情を見せた。
『それでもねえ。』
 と未《ま》だお照は云つて居た。榮子の眉と目の間、高い鼻、口元がお照に似て居ると云ふ事も鏡子は云ひ出すのに遠慮をして居る自分とは違つた気強《きづよ》い人を恨めしく思つた、畑尾はそこそこに帰つて行つた。瑞木と花木が朝の涙などは跡方《あとかた》もない顔して帰つて来た。滿と健も帰つて来た。何と思つたか健が手紙を涙を零《こぼ》しながら書いて居る母の傍へ来て、
『母《かあ》さん、何時
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