そう》の憂世家たちも、今は白眼にして冷嘲を事とするようなことなく、正面から真剣に時代の改革者として起《た》たないではいられないであろう。
 私はこんな事を想像して議会の解散にいいようもない痛快を感じたのであった。そして私はこの度の解散をあらゆる手段と努力とを集めて意義あるものにせねばならぬと思った。

       *

 今は総選挙の日が迫っている。私の注意は頻《しき》りにその方へ向く。選挙権を有する男子たちはこれを機会に果してどの程度まで民本主義の精神を発揮し、日本人の政治をかの官僚派と既成政党との少数者から取戻して、真に全日本人の生活意志を代表するに足る優良な新人才の手に託そうとするであろうか。
 私は政府党と政府反対党と中立党とに論なく、すべて党人と称する人々の大多数は、廉恥も識見もない野人でなければ私欲と猾智《こうち》とに富んだ政商の徒であると思っている。全日本人の生活の一表現である政治を党人と称する彼ら少数の階級の利福の具に供して暴横邪曲を恥とせぬ国民の寄生虫であると思っている。候補者としてこの際立った党人はあらゆる苦肉の計を用いて選挙人の良心と理性とを攪乱《かくらん》し誘惑しようと試みるであろう。明治の選挙人と大正の選挙人とは大抵同一の人である。同一の選挙人もその思想は時代の急変と共に推移したであろうし、殊に近年の政変と、世界の大戦と、この度の議会解散とが国民の政治的自覚を幾重《いくえ》にも刺戟したことであるから、選挙人が各自の投票権を各自の政見の象徴として厳粛に行使しようとする覚悟は明治時代に比して幾倍か堅実になったであろうと想像されるのであるが、しかしまた同一の選挙人には同一の情実に累《るい》せられる弱点が附き纏《まと》って残っていないとも限らないから、私は総選挙の結果がまたまた選挙人の不本意と国民の失望とに終りはしないかということを危むのである。

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 私は政治が最早官僚の政治でも党人の政治でもなくお互日本人の政治であることをしみじみ感じ、そしてこの度の総選挙に出会って端《はし》なくも英仏その他文明国の急進派婦人が、「選挙権を与えよ」と衷心から叫んでいる事実に理解と同感とを持つことが出来た。個性の自由と生活とを要望する国民にあっては、婦人もまた選挙権を求めるまで真剣にならねばならないはずである。
 英仏の聡明な婦人はともかく、日本の婦人の実力がまだまだ選挙権を要求する程度に達していないのはいうまでもないが、さりとて私は日本の教育ある中年以下の婦人たちが全く政治上に注意を向けていないとは思わない。一般婦人はなお男子に対して一種の奴隷たるに甘んじているほど無智無感覚であるにしても、教育ある婦人で殊に選挙権ある男子の家庭にある婦人たちは時節柄その見聞に由っても政治上の興味を誘《そそ》られることがないとは限らない。まして世間に婦人の自覚が叫ばれて以来四、五年を経ているから、鈍感な私と違って、疾《と》くに政治の改造までに個性の自由を延長して考え、政界の腐敗に対して公憤を禁《とど》めかねている真成の新しい女たちが其処此処《そこここ》の家庭に人知れず分布されているであろうとも想像されるのである。(私は或階級の自堕落な女が昔から行っている乱行に類似したような放蕩《ほうとう》を敢《あえ》てして、個性の権威を自覚した女、新生活を建てた女と自負する一部の婦人たちに、英仏の優秀な急進派婦人の光栄である「新しい女」の称を下した批評家の悪戯を不快に思っている。)

       *

 私はそういう日本の政治その他の近状に公憤を抱《いだ》いているほどの尊敬すべき婦人たちが多少にかかわらず選挙権ある男子の家庭に現存するものと考えて、その婦人たちに次の希望を寄せたい。
 あなたがたに選挙権はない、しかしあなたがたが古くから日本の婦人に許された「内助」の特権を善用する時が来た。
 あなたがたは党人の間に情実にも悪習にも染んでいない。あなたがたは恋人の心を直感するように敏捷《びんしょう》に、幼児《おさなご》を愛するように誠実に、時代の優良な新人物を選択することが出来るはずである。
 あなたがたは選挙権ある男子の母であり、娘であり、妻であり、姉妹である位地から、選挙人の相談相手、顧問、忠告者、監視者となって、優良な新候補者を選挙人に推薦すると共に、情実に迷いやすい選挙人の良心を擁護することが出来る。
 あなたがたの推薦する新候補者が政治家として全くの素人《しろうと》であることは少しも関《かま》わない。現代の政治が国民の生活を内に充実させると共に世界的に発展させることを目的とする以上、断えず進化する国民の文明と世界の大勢とを透感することに鋭敏であって、国民の生活を自由と誠実との中に改造する切実な意見を持っている優良の士を我々日本
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