めたこともあった。

       *

 しかし人知れず久しい内省に耽《ふけ》った後で、私は女性の位地がこんなにまで低落したのは、その原因を男子の横暴にのみ帰しがたいことを知った。女性の頭脳は遠い昔において或進化の途中に低徊《ていかい》したまま今日に到った観がある。私は女性が本質的に男子に比して劣弱なものであるとは思わない、しばしば天才婦人の現われるという事実が女性もまた男子と対等に進化し得られる素質を備えていることを暗示しているのであるが、さはいえ古今の一般女子を通じてその直観力の浅さ、その理性の鈍さ、その意志の弱さを思えば、とても男子の対等な伴侶となることの出来ないのは勿論、男子の足手まといとなって悲惨な屈従の生を送らねばならないのは当然女子自身の受くべき応報であった。私は微力を測らずして一躍男子の圧抑から脱《のが》れようとする痩《やせ》我慢を恥じねばならなかった。私は瞭然《はっきり》と女性の蒼白《そうはく》な裸体を見ることが出来た。

       *

 私は女性の位地を高めようとするには、女性が互に現在の自己の暗愚劣弱を徹底して自覚することがその第一歩であると確信するに到った。私は最近四、五年来その事を筆にして同性の参考に供えたのみならず、先ず出来るだけ私自身を修めることに励んで来た。私は自分の知識欲と創作欲とを私の微力の許す限り充実させることに力めて来た。
 私はまた平安朝の才女たちの生活から暗示を得て、女子の生活の独立は、女子自ら経済上に独立することが重大な一因であると知って世の職業婦人に同情し、婦人の職業が増加して行くのを喜び、教育を受けた若い婦人が進んでそれらの職業に就くという新しい風潮を祝福した。そして私もまた自分の職業を以て一家の経済を便じることに苦心して来た。

       *

 私は近年欧洲へ旅行するまでは、日本という世界の片隅にいて世界に憬《あこが》れている一人の世界の浮浪者であった。日本よりも世界の方がより多くなつかしかった。しかるに欧州の旅行中、到る処で私一人が日本の女を代表しているような待遇を受けるに及んで、最も謙虚な意味で私は世界の広場にいる一人の日本の女であることをしみじみと嬉しく思った。私の心は世界から日本へ帰って来た。私は世界に国する中で私自身に取って最も日本の愛すべきことを知った。私自身を愛する以上は私と私の同民族の
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