硝子《ガラス》の箱に入《はひ》つた新しい玩具《おもちや》が置いてあるのです。花樹《はなき》もこれと同じのをお父様《とうさん》に買つて頂いて行つたのであらうと私は思ふのです。蒲団から出して居る瑞樹《みづき》の手の掌《てのひら》には緋縮緬《ひぢりめん》のお手玉が二つレつて居るのです。私が五つ拵《こしら》へて遣つて置いたのを、花樹《はなき》に三つ持たせて遣《や》つたのであらうと私は点頭《うなづ》くと云ふのです。大胆な茂《しげる》の顔にも少し痩《やせ》が見えて来たと哀れに思ひながら見て、私は一番端に寝た光《ひかる》の寝床へ行《ゆ》くのです。苦しい夢でも見て居るやうに、光《ひかる》の眉の間には大人のやうな皺が現はれたり消えたりするのです。私は物が言ひたいと長男の胸を抱いて悲しがるのです。
「光《ひかる》さん。」
とだけでいヽ、唯《た》だそれだけでいヽ、もう永劫にこの子等を見に来られないことになつてもいヽ、今夜の今、
「光《ひかる》さん。」
と云つて、この子を眠《ねむり》から醒《さま》させたいと遣瀬なく思ふのです。
五
そのうち光《ひかる》がのんびりした寝顔になるのを見て、私の心はだんだんその美に引き入れられながら、何と云ふ綺麗な子であらう、私はこんな美しい物を見たことがない、生きて居た日にはもとより、天上の果てから地の底までも見ようと思つて歩いている今でさへも見ることのない美しさであると思ふのです。私は渋谷の丘の上の家で、初めて自分の分身として光《ひかる》を見た時の満足にも劣らない満足さを感じるのですが、やはりあの時のやうに目を開《あ》いて居ない、真紅《まつか》な唇は柔かく閉《とざ》されて鼻の側面が少女《をとめ》のやうである、この子を被《おほ》ふのには黄八丈《きはちぢやう》の蒲団でも縮緬《ちりめん》でもまだ足るものとは思はないのに、余りに哀れな更紗《さらさ》蒲団であるなどヽ思ふのです。白い掛襟の綻《ほころ》びの繕はれてないのも口惜《くや》しいことに思はれるのです。光《ひかる》の枕許《まくらもと》には大きいリボンを掛けた女の子を色鉛筆で描《か》いた絵葉書が作られてあるのです。
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瑞樹《みづき》ちやんは昨日《きのふ》も今日《けふ》も花樹《はなき》ちやんに逢ひたいとばかり云つて泣いて居ます。花樹《はなき》さんがこの絵のやうな大きいお嬢さんになる時分には、兄《にい》さんも大きくなつて居て一人で汽車に乗つて迎へに行つて上げますよ。兄《にい》さんの上げた林檎は汽車の中で食べましたか。
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などヽ仮名で書いてあるのです。表の宛名はまだ書いてありません。
私はあなたの蚊帳《かや》の中へもすつと入《はひ》りました。三郎の寝床がなくなつてからのあなたの蚊帳《かや》の中の様子は海の中に唯《たヾ》一つある島のやうであると思つて、この前と同じやうな淋しさを私が感じると云ふのです。此処《ここ》の電気灯も十燭光位が点《つ》いて居るのです。私は三度程ぐるぐるとお床《とこ》を廻つてから恥《はづか》しいものですから背中向きにあなたの枕許《まくらもと》へ坐るのです。亡霊になつてからまだあなたのお顔だけはしみじみと見たことが初めの一度きりしかないのです。そしてまたこれが出してあると私は思ふのです。それは(実際はそんな物をお持ちになりませんけれど、)私から昔あなたへお上げした手紙の一部である五六通が一束《ひとたば》になつた物なのです。亡霊は出て来る度に、これを読んで寝ようとお思ひになつてあなたが二階から態々《わざ/\[#底本では「/\」は「/″\」と誤植]》床《とこ》の中へ持つて来ておありになるのを見附けますが、私の生前に束《たば》ねられた儘の紙捻《こより》の結び目は一度もまだ解いた跡がないのです。私の生前と云ふよりも、私があなたの許《もと》へ来る前に束《つか》ねられた儘なのです。私には全《まる》で見当の附かない名の書かれた女の手紙が二通と、私の知つた中のつまらない女の手紙が一通あるのです。私の古手紙のやうな煙《けぶり》のやうな色をしないで、それらは皆鮮かな心持のいヽ色をした封筒に入つてゐるのです。男のも一通はあるんです。その知らない女の一通の方《はう》の手紙は今日《けふ》来たのではなく、二三日前のであつて、今までにもう五六度も読まれた物であると云ふことが私の心には直《す》ぐ解るのです。葉書も二枚あるのです。一枚は私の妹から瑞樹《みづき》の機嫌の好《い》いことを知らせて来た物です。それには涙に匂ひが附いて居るので私はまた悲しくて溜らない気になると云ふのです。一枚は悪筆で、
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ワイフを貰ふことなんかを考へ出してはおまへのためによくねえぞ。その外のことならどんなことでも相談に乗つてやらう。心得
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