みには君ことわり給ひつれど、その他のことはこの和泉《いずみ》の家の恤兵《じゆつぺい》の百金にも当り候はずや。馬車きらびやかに御者馬丁《ぎよしやばてい》に先き追はせて、赤十字社への路に、うちの末《すえ》が致してもよきほどの手わざ、聞《きこ》えはおどろしき繃帯巻《ほうたいまき》を、立派な令夫人がなされ候やうのおん真似《まね》は、あなかしこ私などの知らぬこと願はぬことながら、私の、私どものこの国びととしての務《つとめ》は、精一杯致しをり候つもり、先日××様仰せられ候、筆とりてひとかどのこと論ずる仲間ほど世の中の義捐《ぎえん》などいふ事に冷《ひやや》かなりと候ひし嘲《あざけ》りは、私ひそかにわれらに係《かか》はりなきやうの心地《ここち》致しても聞きをり候ひき。
 君知ろしめす如し、弟は召されて勇ましく彼地へ参り候、万一の時の後の事などもけなげに申して行き候。この頃新聞に見え候勇士々々が勇士に候はば、私のいとしき弟も疑《うたがい》なき勇士にて候べし。さりながら亡き父は、末の男の子に、なさけ知らぬけものの如き人に成れ、人を殺せ、死ぬるやうなる所へ行くを好めとは教へず候ひき。学校に入り歌俳句も作り候を許され候わが弟は、あのやうにしげ/\妻のこと母のこと身ごもり候|児《こ》のこと、君と私との事ども案じこし候。かやうに人間の心もち候弟に、女の私、今の戦争唱歌にあり候やうのこと歌はれ候べきや。
 私が「君死にたまふこと勿《なか》れ」と歌ひ候こと、桂月様たいさう危険なる思想と仰せられ候へど、当節のやうに死ねよ/\と申し候こと、またなにごとにも忠君愛国などの文字や、畏《おそれ》おほき教育|御勅語《ごちよくご》などを引きて論ずることの流行は、この方かへつて危険と申すものに候はずや。私よくは存ぜぬことながら、私の好きな王朝の書きもの今に残りをり候なかには、かやうに人を死ねと申すことも、畏《おそれ》おほく勿体《もつたい》なきことかまはずに書きちらしたる文章も見あたらぬやう心得候。いくさのこと多く書きたる源平時代の御本にも、さやうのことはあるまじく、いかがや。
 歌は歌に候。歌よみならひ候からには、私どうぞ後の人に笑はれぬ、まことの心を歌ひおきたく候。まことの心うたはぬ歌に、何のねうちか候べき。まことの歌や文や作らぬ人に、何の見どころか候べき。長き/\年月《としつき》の後まで動かぬかはらぬまことの
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