るものでなく、また或物は、女子特有のものでなくて、人間全体に一貫して備っている人間性そのものであることが明白になりました。
 人間性の内容は愛と、優雅と、つつましやかさ[#「つつましやかさ」に傍点]とに限らず、創造力と、鑑賞力と、なおその他の重要な文化能力をも含んでいます。そうしてこの人間性は何人《なんぴと》にも備っているのですが、これを出来るだけ円満に引出すものは教育と労働です。そのためには、一般の人間に高等教育を受けることの自由と、併せてあらゆる職業の中から、自己に適した職業を選んだ労働に就くことの自由とを享有せしめねばなりません。
 しかるに、論者が、女子に対して高等教育を拒み、労働区域の制限を固守しようとするのは、全く理由のないことだと思います。男子においては人間性の啓発となる教育と労働とが、女子においては反対に「人間らしさ」を失わしめる結果になろうとは考えられないことです。
 論者はこれに対して、現在の女教師や、女学生や、女流文人や、職業婦人やに共通する半可通的な、軽佻な、生意気な、あるいは粗野な習気を挙げて、その自説を弁護しようとするかも知れませんが、私は、かえってそれこそ論者の意見を顛覆させるものだと思います。現在のそれらの女子に人間性の不足していると見えるのは、私も同感ですが、それは畢竟《ひっきょう》それらの女子に人間らしい教育が余りに尠《すくな》くしか授けてなく、またそれらの女子に人間らしい労働が余りに狭くしか許してないからです。男子と同じ程度の教育を授けると共に、男子と同じ位の責任ある位地に立たせて、その手腕を振えるだけの職業に就くことの自由を女子に許して御覧なさい。そうして、少くとも明治以来男子に与えて来ただけの激励と設備と年月とを女子に与えて御覧なさい。日本の女子がその内に潜在する人間性を発揚して驚くべき飛躍を示すことは、決して欧米の女子に劣るものでなかろうと思います。男子にしても中学時代が一番生意気盛りのものである通り、今日の婦人に軽佻とも粗野とも見える言動のあるのは、男子の中学卒業にも当らないような貧しい程度の教育で、その人間性の陶冶《とうや》が打切ってあるからです。女子の職業範囲が少しずつ広がって行くといっても、まだ女子は小学の校長にさえなれないのです。何処へ行っても、女性であるという理由だけで男子の隷属者となり、実力の優れている場合にも、詰らない男子の下風に立たせられているという有様ですから、女子自らその人間性を鍛え出す機会をも失っているのです。

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 論者はまた言うでしょう、子供を生みかつ育てることは女子でなくては出来ない。従って「女らしさ」の主要条件は母となることである。しかるに女子解放運動は、女子をしてその母性を失わしめるから宜《よろし》くない。新しい女子は母たることを回避すると。
 私はこれに対しても、その母となるということが「女らしさ」という言葉で尽すべきものでないことを述べて、第一に訂正したいと思います。
 如何にも、女子でなければ妊娠することの出来ないのは事実ですが、これがために生殖のことは女子の独占であると思っては間違いです。妊娠ということが男子の協力に待たねばならないのを初めとして、子供を養育するにも、教育するにも、父と母との両者の愛、両者の聡明、両者の労力を合せることが必要です。従来は余りに父性が等閑にされていましたから、母性に不当の重荷を課して、生殖生活は女子のみの任務のように誤解して来ましたが、この事もまた男女に共通した「人間的活動」です。形に現れた所の相異を見て、男子には軽微で、女子には重大な任務であると速断してなりません。人の親になることは、両者に取って共に重大な任務であるのです。
 従って生殖の生活を母性にのみ帰してしまって、「女らしさ」の主要条件とするのは不当です、形と作用の上において父と母とに分れていても、親としての精神は男女同一であって、ひとしく人間性の表現ですから、一方に偏した「女らしさ」という言葉を以て評価すべきでなく、両者を統一した「人間性の表現」もしくは「人間的活動」という言葉を以て称すべきものと思います。

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 次に女子解放運動が、女子をして、その母性を失わしめると論じるのも理由のないことで、事実を離れた、一種の杞憂《きゆう》です。それは女子が数千年来の奴隷的位地を脱して、独立した一個の人格として、あらゆる「人間的活動」を完成しようとする自己改革の運動ですから、生殖の生活に対しても、これを回避するどころか、反対に、愛と聡明と勇気とに満ちた、より完全な母となることを熱望しているのです。
 論者は「母性を失う」というような言葉を無思慮に用いられるようですけれども、親となることの欲求は、固《もと》より人間の内部に備ってい
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