最終の午後
モルナール・フェレンツ Molnar Ferenc
森鴎外訳

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)距《さ》る

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)男女|逍遥《しょうよう》す

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「言+墟のつくり」、第4水準2−88−74]衝《うそつき》

〔〕:アクセント分解された欧文をかこむ
(例)〔notre coe&ur〕
アクセント分解についての詳細は下記URLを参照してください
http://aozora.gr.jp/accent_separation.html
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 市の中心を距《さ》ること遠き公園の人気少き道を男女|逍遥《しょうよう》す。
 女。そこでこれ切りおしまいにいたしましょうね。まあ、お互に成行に任せた方が一番よろしゅうございますからね。つまりそうした時が来ましたのですわ。さあ、お別れにこの手にキスをなさいまし。これからはまたただのお友達でございますよ。
 男。さよう。どうも思召通りにするより外ありません。
 女。ともかくもお互の間に愉快な、わだかまりの無い記念だけは残っていると云うものでございますね。二人は惚れ合っていました。キスをしました。厭《あ》きました。そこでおさらばと云うわけでございますからね。
 男。いかにもおっしゃる通りです。(女の手に接吻す。)
 女。そこでわたくしはこの道を右に参りましょう。あなたは少しの間ここに立って待っていらっしゃって、それから左の方へおいでなさいまし。せっかくお別れをいたす日になって、宅にでも見附けられると、詰まりませんからね。
 男。いかさま。そんならこれで。
(二人ともなお立ち止まりいる。)
 女。なぜいらっしゃらないの。
 男。実はお別れをする前に少し伺っておきたい事があるものですから。
 女。そう。さあ、なんでもおっしゃいましよ。
 男。あの始めてタトラでお目にかかった時ですね。あの時はお内の御主人がどんな方だか知らなかったのでございますね。あなたは婦人のお友達二三人とあっちへ避寒に来ていらっしゃったのです。
 女。ええ。
 男。それからですね。どんな風に事柄が運んで行ったと云うことはあなたもまだ覚えていらっしゃる
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