手を高くさし伸べた。
一本腕はあっけに取られて見ている。
爺いさんは左の手を開いた。指の間に小さい物を挟んでいる。不思議にも、その小さい物が、この闇夜に漏れて来る一切の光明を、ことごとく吸収して、またことごとく反射するようである。
爺いさんは云った。「なんだか知っているかい。これは青|金剛石《ダイアモンド》と云う物だ。世界に二つと無い物で、もう盗まれてから大ぶの年が立つ。それを盗んだのはおれだ。世界中捜しても知れない。おれが持っている。おれが盗んだのだ。なんでもふいと盗んだのだ。その時の事はもう精《くわ》しくは知っていない。忘れてしまった。とにかくその青金剛石はおれが持っている。世界に二つとない正真正銘の青金剛石だ。世界中捜しても見附からないはずだ。乞食の靴の中に這入っている。誰にだって分からなかろう。誰にだってなあ。ははは。何百万と云う貨物《しろもの》が靴の中にあるのだ。」
一本腕は無意識に手をさし伸べて、爺いさんの左の手に飛び附こうとした。
「手を引っ込めろ。」爺いさんはこう云って、一歩退いた。そして左の手を背後《うしろ》へ引いて、右の手を隠しから出した。きらきらと光る小刀を持っていたのである。裸刃《はだかみ》で。「手を引っ込めぬと、命が無いぞ。そこで今云ったとおり、おれが盗んでいるのだ。おぬし手なんぞを出して、どうしようと云うのだ。馬鹿|奴《め》。取って売るつもりか。売るにしても誰に売る。この宝は持っていて、かつえて死ぬより外《ほか》無いのだ。」
「馬鹿げているじゃないか。小さく切らせればいい。そんな為事を知ったものがあるのだ。おれならそう云う奴をどうにかして捜し出す。もしおめえの云うような値打の物なら、二人で生涯どんな楽な暮らしでも出来るのだ。どれ、もう一遍おれに見せねえ。」
爺いさんは目を光らせた。「なに、おれの宝石を切るのだと。そんな事が出来るものか。それは誰にも出来ぬ。第一おれが不承知だ。こんな美しい物を。これはおれの物だ。誰にも指もささせぬ。おれが大事にしている。側に寄るな。寄るとあぶないぞ。」手には小刀が光っている。
爺いさんはまた二三歩退いた。そして手早く宝石を靴の中に入れて、靴を穿いた。それから一言も言わずに、その場を立ち去った。
一本腕は追い掛けて組み止めようとした。しかしふと気を換えて罷《や》めた。そして爺いさんの後姿を見送っ
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