ちる。その落ちるのが余り密《こまか》なので、遠い所の街灯の火が蔽《おお》われて見えない。
爺いさんが背後《うしろ》を振り返った時には、一本腕はもう晩食をしまっていた。一本腕はナイフと瓶とを隠しにしまった。そしてやっと人づきあいのいい人間になった。「なんと云う天気だい。たまらないなあ。」
爺いさんは黙って少し離れた所に腰を掛けた。
一本腕が語り続けた。「糞《くそ》。冬になりゃあ、こんな天気になるのは知れているのだ。出掛けさえしなけりゃあいいのだ。おれの靴は水が染みて海綿のようになってけつかる。」こう言い掛けて相手を見た。
爺いさんは膝の上に手を組んで、その上に頭を低く垂れている。
一本腕はさらに語り続けた。「いやはや。まるで貧乏神そっくりと云う風をしているなあ。きょうは貰いがなかったのかい。おれだっておめえと同じ事だ。まずい商売だよ。競争者が多過ぎるのだ。お得意の方で、もう追っ附かなくなっている。おれなんぞはいろんな事をやってみた。恥かしくて人に手を出すことの出来ない奴の真似をして、上等の料理屋や旨《うま》い物店の硝子《ガラス》窓の外に立っていたこともある。駄目だ。中にいる奴は、そんな事には構わねえ。外に物欲しげな人間が見ているのを、振り返ってもみずに、面白げに飲んだり食ったりしゃあがる。おれは癲癇《てんかん》病みもやってみた。口にシャボンを一切入れて、脣《くちびる》から泡を吹くのだ。ところが真に受ける奴は一人も無い。馬鹿にして笑ってけつかる。それにいつでも生憎《あいにく》手近に巡査がいて、おれの頸《くび》を攫《つか》んで引っ立てて行きゃあがった。それから盲もやってみた。する事の無い職人の真似もしてみた。皆駄目だ。も一つ足なしになって尻でいざると云うのがあるが、爺いさん、あれはおめえやらないがいいぜ。第一道具がいる。それに馬鹿に骨が折れて、脚が引っ吊って来る。まあ、やっぱり手を出して一文貰うか、パンでも貰うかするんだなあ。おれはこのごろ時たま一本腕をやる。きょうなんぞもやったのだ。随分骨が折れて、それほどの役には立たねえ。きまって出ている場所と、きまってくれるお得意とがなけりゃあ、この商売は駄目だ。どうせ貧乏人は皆くたばるのだ。皆そう云っていらあ。ひどい奴等だよ、金持と云う奴等は。」
「なぜぬすっとをしない。」爺いさんが荒々しい声で云った。
この詞《ことば
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