敬する。
 第一の幽霊 そんなに急がなくつても好《い》いぢやないか?
 第二の幽霊 もうたつた一行だよ。「何となれば彼は終始《しゆうし》一貫――」
 第三の幽霊 (やけ気味に。)ぢや勝手に読み給へ。左様《さよう》なら。(燐火と共に消える。)
 第一の幽霊 何《なん》だつてあんなに慌てたのだらう?
 第二の幽霊 慌てる筈さ。まあ、これを聞[#「聞」は底本では「闇」]き給へ。[#底本ではここで改行、次行の始めかぎ括弧は天ツキ]「何となれば彼は終始一貫、芥川竜之介《あくたがはりゆうのすけ》の小説が出ると、勇ましい悪口《あくこう》を云ひ続けた。……」
 第一の幽霊 (笑ふ。)そんな事だらうと思つたよ。
 第二の幽霊 不朽もかうなつちや禍《わざはひ》だね。(書物を抛《はふ》り出す。)
 その音に主人が眼をさます。
 主人 おや、棚の本が落ちたかしら。こりやまだ新しい本だが。
 第二の幽霊 (わざと物凄い声をする。)それもぢきに古くなるぞ。
 主人 (驚いたやうに。)誰だい、お前さんは?
 第一の幽霊 (第二の幽霊に。)罪な事をするものぢやない。さあ、一しよに Hades へ帰らう。(消える。)
 第二の幽霊 ちつとは僕の本も店へ置けよ。(消える。)
 主人は呆気《あつけ》にとられてゐる。
[#地から1字上げ](大正十年十一月)



底本:「芥川龍之介作品集第三巻」昭和出版社
   1965(昭和40)年12月20日発行
入力:j.utiyama
校正:かとうかおり
1999年1月26日公開
2004年3月6日修正
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